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第263話 Boy meets boy(3)

――おふくろ、ああいうタイプも嫌いじゃないと思うんだよな。 「どうしよう、俺より哲のほう気に入っちゃったら。」  涼矢は声を出して笑った。 ――それはないよ。 「なんだよ、おまえが言い出したくせに。」 ――だって……。 「だって、何?」 ――おまえ、哲の話を平然とするし。それどころかバイトの心配までするし。だから、ちょっと言いたくなっただけ。 「俺がヤキモチ焼かないことにヤキモチ焼いたんだ?」  涼矢は無言だ。無言というのが、既にYESの意味を表している。 「涼矢くんは、俺一筋って信じてますんで。」 ――そっちはどうなんだよ。あの、サークルの女の子たち、またちょっかいかけてきてない? 「あ、涼矢は俺のこと、信じてないんだ?」 ――おまえにそのつもりがなくても、おまえの周りには魔の手が多過ぎるからな。 「きれいさっぱり、何もないよ。舞子ちゃんと彩乃ちゃんが、良い具合に遠距離の彼女とラブラブだって触れまわってくれて。」 ――自分たちが振られたからだな。自分の手に入らないなら誰の手にも渡さないってやつだ。 「俺が今、一番モテてんのは、小学生だよ。」和樹は半笑いで言った。「休憩も授業終わりも、ピーチクパーチクうるせえったら。それもさ、授業の質問じゃなくて、女子は、彼女はいるのかだの、星座はなんだの、好きな食べ物はなんだの、もう、くだらないことばっかり聞くし、男は男で、クラスで流行してるお笑い芸人のネタだの、担任の真似だの、これまたくっだらねえことばかり勝手に披露して。そんなの、大しておもしろくないけど、笑ってやんなきゃかわいそうだしさ。」 ――おまえさ、こどもだと思ってナメてると、痛い目に遭うぞ。 「だって、こどもだもん。」  涼矢はため息をつき、それは和樹にも聞こえた。 ――あまり……こういうこと、おまえに言いたくもないんだけど、あえて言わせてもらうと、俺が家庭教師の先生のこと好きになったのって、その年頃だからね? 「……あ。」和樹は言葉を失う。 ――そうだよ、こどもだよ。だから何もできなかった。けど、こどもだからって傷つかないわけでも、何も感じないわけでもないよ。 「……ごめん。」 ――別に俺に謝らなくてもいいけど。 「気を付ける。」  和樹がシュンとした声を出した。それには涼矢のほうが少々慌てて、焦ったようにフォローの言葉を言った。 ――そりゃ、ほとんどはただ単に、アイドルかなんか見てるような気分で騒いでるだけだとは思うよ。 「うん。」 ――なんかごめん。余計なこと言ったかも。 「いや、今のは俺が悪い。」和樹は受け持つこどもたちの顔を思い浮かべていく。「俺だって、そうだったもんな。涼矢みたいな辛いことはなかったけど、やっぱ、こどもなりに考えててさ、大人から見りゃくだらないことでも必死になったし、それを、アー、ハイハイって小馬鹿にされたら口惜しかったし。そういうことしないで、ちゃんと俺の話を聞いてくれる大人のほうが尊敬できたなあって。」 ――うん。 「憧れの大人になってくださいって、言われてたんだ、教室長に。」 ――え? 「塾の初日にさ。まだ生徒が来る前の時間に、教室に連れていかれて。今日からは俺は先生で、小学生から見たら立派な大人の1人で、がんばって彼らの憧れの大人になってあげてくださいって言われたの。」 ――へえ……。 「そんで、そのために努力したことは、直接生徒から返してもらえるものではないかもしれないけど、いつか俺の役に立つ、みたいなことも言われた気がする。」 ――その、教室長? 良い人っぽいね。 「うん。すげえと思った。ちょっと変わってるんだけどね。……いろいろ勉強させてもらってると思う。教室長だけじゃなくて、他の講師の人たちもさ、やっぱり、俺とは全然違う。うまく言えないけど……ちゃんとしてる。すげえ頭悪い言い方しかできないけど。」 ――言いたいことは分かるよ。  俺もしょっちゅうそんな気分にさせられる、と、涼矢は思った。たとえば佐江子や宏樹と話した時にだって。ただ、和樹と違うのは、すごいなあと感嘆した次の瞬間に、悔しくて仕方なくなるというところだ。彼らが、自分がたどり着きたいところに既にいることが悔しくてならない。彼らは少しばかり先に生まれただけなのに、と羨ましくてならない。その差がどうしても埋められない自分にイライラしてしまう。そして、その狭量さこそがガキっぽいとも思う。その意味では、和樹のように「すごいなあ、俺もがんばろう」と思える素直さのほうが、ずっと成熟した感性なんじゃないのかと思う。 「なあ、涼矢。」 ――うん? 「今月末こっち来るって話、大丈夫そう?」 ――ああ、大丈夫。金曜、夕方まで講義あるから、着くのは夜になっちゃうと思うけど。 「うん。何時でもいいよ。」 ――東京駅まで来なくていいから。アパートで待ってて。 「道順、覚えてる?」 ――覚えてるよ。  当然だろうと言わんばかりに、涼矢は笑い混じりに答えた。 「俺、最初のうち、結構、迷子になった。駅から自分ちまでの間で。東京って景色似てるからさ。」 ――東京のせいじゃなくて、和樹の方向音痴のせいだろ? 「うっせ。そのおかげでいつもと違う道を通ることになって公園見つけたりとか、役に立つこともあるんだぞ。」 ――それはともかく、月末を楽しみにがんばるよ。 「あ、俺の話、流しやがったな。」

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