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第270話 Boy meets boy(10)
「それでね、近くに響子がいて。優しいじゃない、あの子? 哲ちゃんの言う通り、癒し系でしょ。一緒にいると安らぐし、あー、男の子といるより楽しいなあって思ったの。そのうちね、手をつないだり腕組んだり。そんなことしてたら、なんか、それ以上のことしたくなってきちゃって。やばいっしょ。」
「やばい……のかな、それって。」それを言ったら自分なんて、付き合う前から、どれほど和樹をいかがわしい目で見てきたことか。
「でも、恋じゃなかったんだと思う。ただ恋愛ってやつを私もしてみたかったっていうか……引かないでほしいけど、性欲もあったんだと思うのね。でも、男性は怖いから、身近な同性との疑似恋愛とスキンシップで、満たそうとした。たぶん、私のしたことって、そういうことなんだと思う。」
「冷静な分析だね。」
「自分がおかしいんじゃないかと思って、いろんな本読んだりしたから。」そういった経験があって、あんな風にジェンダーの講義を熱心に受けていたのかと涼矢は理解し、納得した。「まあ、でも、そこまでよ。だから、響子も私のそんな気持ち、知らないし。そのうち、受験勉強もしなくちゃならなくなって……内部生も試験は一応あるからね。響子は成績良かったから希望の学部に行けるのは間違いなかったけど、私は危なかったからさ、響子と同じ学部に行きたくて、結構頑張ったの。それで、大学に入って、同じ文学部にも入れて、嬉しかったなあ。けど、その頃には疑似恋愛の熱も冷めてた。これからも一緒にいられると分かったら、満たされちゃったのかな。」千佳はその時の感情を思い出したように、曖昧に微笑んだ。
涼矢は、逆だった。和樹が東京の大学へ進むと知って、もう近くにいることすらかなわないと分かって、その衝動は収まるどころか倍増した。満たされることなど望めないままに和樹に告白した。あの時の感情を思い出すと、両想いになれた今でも、少し、胸がヒリヒリする。
あの想いを溢れ出ないように飲み下して、満たされたと言える千佳を、涼矢は素直にすごいと思った。同時に、涼矢や哲への「優しい不干渉」の理由を知った思いがした。
「千佳と響子のおかげで、だいぶ楽だよ、俺は。」
「ラク?」
「うん。ゲイって言っても、ふうんって感じで対応してくれるから。哲は知らないけど、俺は、高校では隠してたクチなんで、そういうのがすごく嬉しかった。」
「そっか。いろいろあるよね。」千佳はそう言って、パスタを口に入れた。「なんて、まとめちゃったけど、実はこの先があってさ。」
「響子の彼氏の話?」
「ううん、じゃなくて。私の恋の話の続き。大学入ってさ、私にも新たな恋が訪れたのよ。」
「うん。」
「その相手がね、哲ちゃん。」
涼矢は危うく、口の中の、あんかけの具のうずらの玉子をそのまま吐き出すところだった。
「哲ちゃんて、ちゃんと男の子だけど、怒鳴ったりガサツだったり、しないでしょう? いつもにこやかだし。私の苦手なところのない男の子だったわけ。」
「俺も怒鳴ったりしないけど?」
「涼矢くんは、背高いし、威圧感あるから……。それだけでちょっと怖いの。あ、今は慣れたから大丈夫だけど。」
怖いと言われるのは珍しくない。傷つくこともない。そんなことより、千佳が哲に想いを寄せていることのほうが気になった。「よりによって、哲か。」
「かわいそうな恋の遍歴、でしょ?」
「うーん……まあな。」
「ありがとう、下手に、そんなことないよ、なんて言わないでくれて、嬉しいよ。」千佳が苦笑する。
「報われない恋愛なら、身に覚えがないわけじゃない。」
「ああ……そうだよね。」
「今も、哲のこと?」
「だいぶ、平気になった。平気なフリをすることに、慣れてきた。もう少ししたら、消化できると思う。」
「キスでもしてみたら、ふっきれるかもよ。」
「はぁ?」千佳が大きな声を上げたので、店内の何人かが千佳を見た。それには、アリスと哲も含まれていた。千佳は慌てて方々に頭を下げる。「何言ってんのよ。」と小声で涼矢に言う。
「そんなこと言ってた奴、いたから。」
千佳はまじまじと涼矢を凝視した。大きな目でそんな風に見つめられると、涼矢のほうがドキマギしてくる。無表情なままではあったが、その頬が少し赤くなってきた。
「それ、自分の体験だよね? キスしたほう? されたほう?」
涼矢は観念したようにため息をひとつつく。「してくれと言われた。」
「で、しちゃったの? でも、好きじゃなかったんでしょ、その子のこと。女の子?」
「女の子。友達としては好きだったよ。大切な友達だった。今でもだけど。その子から……全部思い出にする、あきらめられるからって言われて。だから。」
「それで思い出にできたの、その子は?」
「だと思う。今はもう、普通に接してくれてる。」
「そうかぁ。でも無理だわ、私には。そんなこと言えないよ、今の関係、壊したくないし。このまま平気なフリしてれば治まっていくよ、きっと。」
「じゃあ、なんで俺に話したの?」
さっきの戸惑いから一転して、冷淡なほどにそう言い放つ涼矢に、千佳の顔から表情が消えていく。うつむいて、今にも泣き出しそうに見える。
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