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第271話 Boy meets boy(11)

「俺、なんか悪いこと言った? 言ってたらごめん。泣かす気はなかった。」 「泣いてないから。」千佳は顔を上げて、冷水をがぶりと飲んだ。「言われたくないことを言われて、動揺しただけ。涼矢くんが悪いんじゃないから。」 「俺、こういう時、気の利いたこと言えなくて。」  千佳が笑った。「私、涼矢くんのそういうとこ、好きだよ。恋愛感情じゃないけどね。そのキスの子もさ、きっと、涼矢くんのこと本当に好きで、ものすごく勇気出したんだろうね。結ばれなかったとしても、良い思い出になったと思うよ。」 「そうだといいとは思ってる。」あの日の、エミリの震える肩を思い出す。そっとキスした唇も細かく震えていた。 「私にはその勇気がない。だから、そういう思い出すらも手に入らなくても仕方ないの。それ込みで、このまま、収めて行くつもりなんだ。そういうのって、涼矢くんとか、その女の子みたいに、勇気を出した人から見たら、すごくずるいよね。ごめんね、こんな話、聞かせて。聞かせるだけで、何もできないくせに。だからさっきの……涼矢くんに言われたこと、痛いところ突かれたな、ってドキッとしちゃった。」 「……そっか。」 「涼矢くんに話したのは、なんだろ、立会人みたいなものかな。一人だけでも知っててくれたら、私の気持ちがなかったことにはならないような気がした。」 「そんなんでいいの?」 「うん、いいの。」 「分かった。ちゃんと覚えておくよ。忘れてほしくなったら、そう言ってくれれば忘れるし。」 「ありがとう。気の利いたこと言えないなんて嘘じゃない? 今の、すごい気が利いてるよ。何よりの言葉。でも、変な気を回さないでね。これからも今まで通りでいてね。」 「ああ。」 「……それにしても、涼矢くんは今、幸せなんだね?」 「え? あ、うん。まあね。」 「報われない恋をしても、今は幸せってね、それがホント、羨しい。哲ちゃんだってさ、失恋したばかりかもしれないけど、でも、失恋するってことは、ちゃんと恋をしたってことだよね。私がさっき、いいなあって言ったのは、そういうこと。私はまだ本当の恋愛ってしたことない気がするの。」 「千佳だってそのうち。」 「それって相手のいる人の余裕の発言だわ。」千佳は明るく笑った。「あーあ、私もピンクのキラキラオーラを撒き散らしたい。」 「だから、そんなんじゃないって。」涼矢は照れくさそうにうつむき、麺をいたずらにつついた。 「どこで出会ったの? 彼氏と。」千佳はここぞとばかりに涼矢の「恋バナ」を聞き出したい様子だ。普段は殊更な興味などないように振舞っていたのは、涼矢への気遣いだったのか。それとも「怖くて」聞くに聞けなかったのか。 「高校。」 「同級生?」 「ん。」 「涼矢くんから言ったの?」 「ん。」 「そうかぁ。私も、響子の時、勇気出すべきだったのかな。」 「同じ大学に進めるなら、俺だって言わなかった。」 「そうなの?」 「ああ。」 「つきあいたかったんじゃないの?」 「そんな気はなかった。」 「……そっか、オープンにしてなかったんだっけ。」 「ああ。」 「相手の子は……?」 「ストレート。」 「それは、頑張ったね。」 「はは。」涼矢は力なく笑った。こういった話はもっとも苦手だ。けれど、うまく受け流すといった芸当もできない。「先のことなんか考える余裕はなかった。気がついたら、言っちゃってた。」 「意外と情熱的なのね。」  奥底に秘められた情熱の赤。アリスのカクテルが思い出される。 「もう、やめよ、この話。話しづらい。」涼矢は正直に伝えた。 「そうだよね。こういうこと言わないから、私や響子と仲良くしてくれてたんだもんね。」千佳は哲たちのテーブルに目を向けた。つられるように涼矢もそちらを見る。アリスが何やら身振り手振りで厨房のほうを指しているから、もう哲の採用は決定で、具体的な仕事内容の説明に入っているのかもしれない。 「それだけじゃないよ。」涼矢が呟くように言った。哲に向けていた視線を千佳に戻す。 「えっ?」千佳も涼矢を見た。 「そんな、自分に都合がいいから、千佳たちと仲良くしてるんじゃないよ。確かに、そういうことに踏み込んでこないのが助かってるのは事実だけど、それだけじゃない。」 「他に、何? 響子の癒しの笑顔にほだされた?」千佳がいたずらっこのように笑う。 「ちゃんと勉強してたから。」千佳の笑顔と冗談をスルーして、涼矢は言った。 「哲の周りには女友達がたくさんいるだろ。でも、こう言っちゃ悪いけど、面白半分であいつにつきまとってる感じの子が多い。ゲイの男友達がいるってことが、一部の女の子にとってはアクセサリーっていうか、ステータスなんだろうなってのが、見えてた。でも、千佳と響子はそうじゃなかった。俺はジェンダー学の講義しか一緒じゃないけど、俺らぐらいだろ、あの講義で前のほうに座って、まともに聞いてる奴。千佳が前に教授に質問してた内容もすごく良かった。俺さ、大学に勉強しに来てんだよね。哲も、ああ見えてそうなんだ。だから、同じ目線で話せる感じ……って、伝わってるかな、これ?」

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