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第274話 Boy meets boy(14)

「私が相手じゃ嫌だ、って言っていいのに。」千佳が言う。 「別に嫌じゃない。」 「嘘。」 「嫌じゃない。けど、しない。お互いのためにならない。」 「後悔すると思う?」 「思う。」 「例の女の子とキスしたこと、後悔してる?」 「してない。」 「それとこれとはどう違うの?」 「彼女は俺のこと、真剣に好きでいてくれた。」 「……涼矢くんが好きなのは私じゃないしね。ねえ、それなら、彼氏に申し訳ないって思わなかった?」 「思ったよ。けど、それ以上に、あいつが俺の立場でも同じことするって思った。」 「今は違う?」 「違う。千佳が好きなのは哲だ。」 「なるほど。」千佳が笑った。「明快だわ。A評価をあげる。」  千佳がそう言い、涼矢は何も言わなかった。しばらくの間、静寂が続いた。この話題はこれきりで、二度と口にしないだろう。そんな空気が2人の間に流れた。次に千佳が話し始めたのは姉と一緒に飼っているうさぎのことで、その後もずっと他愛のない雑談をした。  千佳の家は車で30分ほどかかったが、遠回りになってしまう電車よりはだいぶ早い。千佳は家の少し手前で停めさせた。 「あそこに見える茶色っぽい屋根の家がうちなんだけどね、男の人の車から降りるところ、家族に見つかると何言われるか分かんないから、ここで。」 「お父さんが厳しい?」 「違う、姉さんたちがうるさいの。厳しいんじゃなくて、興味津々って意味でね。」 「あ、そっち。」 「ありがとう。また、学校で。」窓越しに千佳が言った。  涼矢はトンボ帰りで、店に戻る。店の近くに車を停めて、そこから和樹に電話をかけた。今日は塾バイトのない日のはずだ。 ――ナイスタイミング。  聞き慣れた声がした。 「何が。」 ――今ちょうど風呂から出たとこ。 「オールヌード?」 ――残念、服着ちゃってます。 「残念じゃないよ。」 ――強がっちゃって。 「だって今、外だし、あんまり時間ないんだ。外っつっても、車の中だけど。」 ――この時間に? 珍しい。 「哲とか、レポート一緒にやった子たちと、メシ食っててさ。遅くなりそうだから、先に電話した。」微妙に誤魔化しながら、状況を説明した。 ――遅くなるのは分かるけど、なんで車から? 「そこしか1人になれるとこがなかったんだよ。」 ――おまえの車? 「ああ。」 ――みんなも車なの?  意外と鋭いところに突っ込まれて、一瞬黙ってしまう。こういう時には、なまじな嘘はつかないほうがいい。「いや。俺だけ。終わったらみんなを送ってかなきゃなんないし、だから遅くなる。」みんな、と言っても、もう哲を残すのみなのだけれど。小学生がおもちゃをねだる時の常套句みたいだ、と思う。「みんな持ってる」の、みんな。実は1人2人のことだったりする、あの「みんな」。 ――ふうん、そうなんだ。  不機嫌さを隠さない声で和樹が言った。 「助手席には誰も座らせないから。」 ――別に、そんなの。 「気にしない?」 ――気にする。超気にする。 「大丈夫だって。きれいな体のまま、和樹を乗せるから。」 ――やらしい言い方すんなっつの。車より、おまえだおまえ。きれいな体で来いよ、もうすぐだろ?  和樹の部屋を訪れる予定の日は、いよいよ来週まで迫っていた。 「もちろん。誰にも指一本触れさせずに行くよ。だから和樹も、せいぜいきれいにして待ってろよ。」 ――なんかニュアンスちげえし。 「ああ、そうだ。ちょうど1週間前だからさ。」 ――うん? 「今日からオナ禁な。」 ――ばっ……馬鹿か、おまえ。馬鹿だよな。 「無理? なら仕方ないね。俺は頑張って我慢するけど。」 ――てめ、なんでそういう言い方すんの。本当に性質(たち)悪い。 「ま、和樹の判断に任せるよ。たったの1週間すら我慢できないってのもエロくて可愛い。」 ――うっせえよ。分かったよ、シコらなきゃいいんだろ。覚えてろよ、会った時に、すっげ濃いぃやつ、かましてやるから。 「楽しみだな。」 ――馬鹿。バーカ。 「小学生並のボキャブラリーになってるぞ。」 ――うっせ、バーカ。 「俺、ピンクのオーラ出してるらしいよ、和樹といると。」 ――な、何だよ、それ。 「哲が言ってた。」 ――知らんわ。 「和樹には見えないのか。俺は見えるよ、和樹のオーラ。」 ――何色? 「神々しい、白っぽい金色。でも、セックスの時にはピンク色。」 ――俺がセックスの時に出してるピンクオーラを、おまえは年がら年中出してるわけだ。 「和樹といる時なら、出してるかもね。」 ――しれっと認めるなよ。ていうかさ、おまえが見てるのは、オーラじゃなくない? 「じゃあ何?」 ――おまえの願望が渦巻いてできた、何か……。  涼矢は吹き出した。 「ありえなくないな。それが正解だな、きっと。」 ――ま、そんなことはどうでもいいけど。みんな待たせてんだろ? そろそろ戻らなくていいの? 「……ああ、うん。そろそろ……。」 ――何、本当は違うの? 歯切れ悪い。 「えっ? はっ? いや?」 ――おまえ嘘つくの下手過ぎ。デートでもしてんのか?

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