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第275話 non-alcoholic(1)

「してない。」 ――それは本当らしいな。 「全部本当だよ。」 ――あっそ。やだねえ、ついに涼矢くんも俺に秘密を持つようになったか。  図星を刺されて、涼矢は黙り、唾を飲み込んだ。 ――でもそれ、おまえが考え過ぎなだけで、聞けばきっと大したことない話だと思うぞ。言ってみな。女の子と2人きりだとしても、俺、怒らないよ? 「……2人きりだったのは、先に帰る子を車で送っていった間だけ。30分ぐらい。もちろん、何もしてない。」キスを持ちかけられたことは言わない。 ――ふうん。まあ、いいや。これ以上は聞かないよ。  そう言われてホッとするどころか、罪悪感が増してきた。そもそもこういった「かけひきの話術」で和樹にかなうわけがなかった。「てっ……。」 ――てっ? 「哲を。この後、哲を送るんだ。バイト先を俺が紹介した。今日そこで下見がてら食事してたんだけど、ちょっと事情があって急に今日から働くことになって、店のクローズまでいると電車なくなるし、だから、俺が送ってやることにした。でも、今日だけだから。」 ――ああ、そういうこと。別に隠す必要ないじゃない? 「本当は、みんなって言っても、哲と、さっき送った女の子と、3人だったから。なんか、嘘ついたみたいになっちゃったかなって。」 ――やだなあ、俺、そこまで心狭くないよ? 「ごめん。」 ――全然気にしないよ? 終電なくなる時間まで哲の仕事が終わるのを待って、俺もまだ乗ってない車で送ってあげても、全然。だって友達だもんな、おまえら。 「和樹……。」 ――ビッチでおまえにもちょっかい出そうとしてた男と、2人っきりで車に乗っても、全然怒らないし、気にもしない。だって友達だし、助手席は俺のために空けてくれるんだもんな? 「和樹さん。」 ――ひとりぼっちの俺は、オナニーもせずに指くわえて待ってるよ。 「か・ず・き。いい加減に……。」 ――じゃな、哲によろしく。バーカ。  昔の黒電話ならガチャンと大きな音を立てたに違いない勢いで、和樹が電話を切った。涼矢はすぐにかけ直そうと思ったが、どうせ出やしないだろうと思い、やめた。出てくれたところで、機嫌を直してもらえそうなことは言えない。  涼矢はハンドルに額をぶつけるようにして載せ、しばらくうなだれた。100パーセントの事実ではないものの、それに近いネタばらしをしたことよる安堵と、明らかに和樹を怒らせたことへの焦燥。そのふたつの感情がないまぜになる。怒っているとは言っても、半ば冗談の「怒ったフリ」だということは分かっている。でも、半分は実際怒っているのだろうとも思う。和樹の不満や怒りと言えば、たとえば哲が涼矢を呼び捨てすることだったり、和樹の部屋にいながら涼矢が勉強することだったり、涼矢にはピンと来ない理由も多いけれど、今回はさすがに分かる。言えてよかった、言わなければよかった。そのふたつを行きつ戻りつする。  ポン、とスマホから小さな通知音がした。和樹からの追い打ちかと緊張したが、千佳からのメッセージだった。もうお店に着いたかな。今日はごちそうさま。送ってくれてありがとう。楽しかった。そういった言葉が並ぶ。涼矢は無難なスタンプをひとつ送り返した。いつもその程度の対応だから、不審にも思われないだろう。  それをきっかけに、涼矢は車を降りて、店に向かった。 「おかえり。」アリスがにこやかに出迎えてくれた。「ごめんね、少し混みあってきたから、席を移動させてもらったわ。カウンターでもいいかしら。」さっきは4人掛けのテーブルだったのが、カウンター席へと誘導された。 「ああ、はい。」涼矢はカウンターの一番端に座る。そこからだと厨房の一部が見えた。哲がいるはずの洗い場は見えないが、シェフが盛り付けの仕上げをしているのは見えた。 「何か作ろうか? 飲み物でも、食べ物でも。」アリスがカウンターの中に入って涼矢の前に立つ。 「この間のあれ、ノンアルコールのカクテルって言ってましたよね。そういうノンアルのカクテルって他にもあるんですか?」 「カクテルは無数よ。好みを言ってもらえれば作ってあげる。甘くないのがいいとか、柑橘系がいいとか。」 「注文したことないから、どう言えばいいのか分からないんで、何か、お勧めの定番みたいなのがあれば。」 「そうねえ、ノンアルのカクテルで定番といったら、シャーリー・テンプルやコンクラーベあたりかしら。」 「コンクラーベって、ローマ法王を選ぶ、あれ?」 「そうみたいね。どうしてそんな名前なのか知らないけど。飲んでみる?」 「はい。」  バーテンダーもいるが、アリス自らシェーカーを振って作ってくれるようだ。オレンジジュースに牛乳。そこまでは分かった。もうひとつ何か入れたが、戻したボトルの位置が遠くてラベルは読めない。遠目に見る限りではラズベリーの絵が描いてある。すごく甘そうだ、と涼矢は思う。  グラスに注がれたそれは、クリーミィーで濃厚だ。アリスに促されて飲んでみる。シェイクされ、口当たりもまろやかで、甘いには甘いが、予想していたよりは甘過ぎない。 「美味しいです。」 「そう、良かった。」アリスはそう言うと、厨房のほうに消えて、間もなくして哲と一緒に戻ってきた。哲をカウンターの内側にひとつだけあるスツールに座らせる。「哲くんにも1杯ごちそうするわ。好きなカクテル、ある?」 「ウォッカにメロンリキュール、それにクレーム・ド・フランボワーズとパイナップルジュースを合わせてもらえたら。」

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