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第295話 VOICE(8)
涼矢は、あの後も和樹に電話を掛けていた。しかし、掛けなおすように求める自動応答のメッセージが流れるばかりで、つながることはなかった。3回目に着信拒否されていると確信した。
拒否。
どんな形であれ、和樹から拒否されたのはこれが初めてだ。高校の入学式の、恋に落ちたあの瞬間に遡って考えても、それ以降、今に至るまで一度たりとも、どんな小さなことでも、涼矢からのアプローチを拒否されたことはない。部活ではライバルだったけれど、邪険に扱われたことはなかったし、漫画やCDの貸し借りだって嫌がられたことはない。もっと賑やかでノリの良い仲間たちと遊びに行く中に、少しばかり浮きがちな自分がいても、その輪から外れそうになれば率先して会話の中に入れてくれたのは和樹だった。
今更、自分のしでかしたことの愚かさを知る。
和樹とつながらないのなら何の意味もない端末を見つめながら、大学のベンチに1人で座っていると、電話が掛かってきてびっくりした。和樹かと期待したけれど、発信者は哲だ。
――今どこ?
「ベンチ。E棟の前の。」
――すぐ行くから、そこにいて。
哲は本当にすぐに現れて、涼矢の隣に座った。
「これあげる。」哲は缶コーヒーを渡してきた。甘ったるいカフェオレだ。
「俺、甘いコーヒーは飲まない。」
「じゃあ、取り替える。」哲は自分が飲もうとしていたペットボトルのコーラを渡してきた。「まだ口付けてないから、大丈夫、間接キスにはならない。」と言って笑った。
間接キス、か。ハグとどちらが罪深いだろう。いや、比べるべくもなく、一晩中ハグするほうだろうな。
「どうしたの。暗いじゃん。」
「いつも暗いだろ。」
「そうだけど。」哲はコーヒーを飲んだ。「もしかして、俺のせいだったりする?」
「なんでそう思う。」
「あんなことしちゃったし、なのに、おまえ都倉くんにバラすって言ってたから。」
「バラしたら、どうなると思う?」
「そりゃ揉めるだろ。おまえは、彼氏は優しいから、許してくれるなんて言ってたけど。」
「普通に考えたら、そうなるのか。」
「なるだろ、当然。……え、まさか本当に言っちゃったの?」哲はベンチの背にだらしなくもたれていた姿勢から、飛び上がって、前のめりになった。
涼矢は困惑の表情で、そんな哲を見た。
「マジかよ。おまえ、バッカだなあ。言わないほうがいいって言ったじゃんよ。」
「おまえのせいだろ。」涼矢はコーラを飲んだ。「……じゃないよな。俺のせいだ。」涼矢はコーラのボトルを脇に置いて、自分の膝に手を置いてうなだれた。「うん、俺が悪い。」
「都倉くんにはどう言ったんだよ?」
「……哲が、ハグしないと眠れないって言うから、そうしたって。」
「バッカじゃないの?」哲は心底呆れたと言わんばかりの声を上げた。「おまえのベッドでとか、一晩中とか、そんなことまでは言ってないよね?」
「言った。」
「はあぁ?」哲は眉間に皺を寄せた。「何がしたかったんだ、おまえ?」
「したかった……ていうか、隠しごとしたくなかった、だけ。」
「かーわいそう、都倉くん。傷つくに決まってんじゃん、そんなの。」
「……って、最初から言ってたよな、おまえは。」
「そうだっけ? 言ったかもね、だってそう思うもん。思うっつか、普通に考えてさ、誰だってそう思うでしょ。」
「俺が嘘ついたって……あいつにはバレるし。後になってバレたら、もっとややこしいことになるし……そもそもそういう嘘つくのって……。」
「だから、都倉くんの脳みそを自分の代わりにしたんだ?」
「えっ?」涼矢は顔を上げて、哲を見た。
「自責の念に耐えられないから、自分が苦悩する代わりに、都倉くんの脳みそを悩ませた。つまりそういうことだよ。」
「……。」
「なあ、もしHまでしてたら、それ、言った?」
「言うかよ。つか、しねえし。しなかったろ。」
「それはさ、俺がおまえより"か弱い"からできなかっただけで、大男だったらレイプしてたかもよ? まあ、それは極論だとしても、Hとまでは言わないけど、キスしてたら、言ってた? キスぐらいなら、俺だって隙を見て奪っちゃえるよ?」
「……言わねえよ。」
「てことはさ、おまえ、ハグぐらい大したことないって思ったんだよ。キスもしてない。ただ抱っこしてただけ。そのぐらいいいだろって、思ってたんだ。」
「そんなことは……俺だって、それなりに、悩んで……つか、おまえが、あんなだったから、仕方なくやっただけだ。ハグがギリギリ譲歩できるラインだっただけで。もう二度としねえけど。」
「ひとのせいにしないでよね。」哲は笑った。「田崎が言ったよ? 俺がおまえに借りがあるっつったら、貸し借りなんかじゃない、自分で選んでやったことだって。ハグだっておまえの意志だろ。」
「おまえこそ、今になってそんなこと。」
「そう考えれば、分かるだろ? 都倉くんの気持ち。都倉くんが、同情だろうが愛情だろうが、よその女子と一晩一緒にいて、しかもその子は都倉くんのこと憎からず思っているの知っててさ。そんな話、わざわざ聞かされたら、おまえはどう思うわけよ? キスもHもしてないなら別にいいやって思うの? その女の子がとぉってもかわいそうな境遇だったら、仕方ないって思うわけ?」
「分かってるよ、そんなことは。」
「分かってなかったら言っちゃったんだろ?」
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