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第303話 NOISE(1)

 のっそりと立ち上がり、和樹の隣を指差す。「そこに座っていい?」 「いちいち聞くなよ。うっとうしい。」 「うっとう……。」 「いちいち傷つくなよ。そうやって自分ばっか傷ついたみたいな顔すんなよ。今回は俺だろ。俺を労われよ。」和樹はそうまくしたてたかと思うと、最後には涼矢の首に両腕を絡めた。「悪いと思ってんなら、俺をちゃんと安心させろよ。」  涼矢は和樹の背に手を回した。和樹の頬にキスをして、その唇を和樹から離さぬままに、耳元で囁いた。「不安にさせてごめん。……抱いたら、安心する?」  和樹は少し頬を赤く染めるだけで、何も答えなかった。が、涼矢にしがみつく腕に力がこめられた。濡れ鼠で現れたさっきとは違い、涼矢の体は熱かった。  涼矢は和樹の体を抱いて、ゆっくりとベッドの上に横たわらせた。「和樹を、俺でいっぱいにしていい?」不安が入り込む隙がないように。 「いちいち聞くなってっつってんだろ。」  涼矢は和樹に覆いかぶさり、両腕を押さえた、「じゃあ、聞かない。」そのまま顔を近づけてキスをした。  唇から顎、顎から首筋。鎖骨。涼矢の唇はそこまで来て、やっと和樹の肌から離れた。服の下にも手を滑り込ませ、乳首をつまむ。 「んっ。」和樹が反応する。涼矢が服を脱がせようとすると、和樹は上半身を起こして、自分で脱ぎ出した。涼矢も自分の服を脱ぐ。下着一枚同士になって、再び体を重ねる。既に2人の股間が硬くなっているのを、お互いに確かめた。 「良かった。」と涼矢が呟いた。 「何が。」 「勃ってる。」 「……当たり前だ。」和樹がプイッと横を向いた。「おまえこそ、その……。」 「うん?」 「哲の……」言いかけて、黙った。 「哲?」 「まあ、いいや。なんでもない。」 「ハグした時のことなら、勃ってない。」 「……。」 「向こうがどうだったかは知らない。そこまで密着してない。」 「そんなの、聞きたく……」また言いかけて、黙る。それから涼矢をまっすぐに見た。「本当に? 密着しないでハグなんか、できないだろ。」非難するように、口をとがらせている。 「うーん。」涼矢は和樹の隣に横向きになって寝転んだ。それから右手を和樹の下に差し入れて、和樹の背中側まで腕を回した。左手は和樹の後頭部に置き、軽く自分の胸に押し付けるように。涼矢の腰は引けているから、下半身は離れている。触れあっているのは和樹の背中と涼矢の腕、そして和樹の額が涼矢の胸に。それだけだ。「こんな感じ。で、あいつは小さいから、もっとこう、スカスカで。」 「だから、心配するなって言いたいわけ? 大してくっついてないからって?」涼矢の胸から額をはがして、腕の中から文句を言う和樹。 「違うよ。」涼矢は改めて和樹をハグし直した。今度はもっとぴったりと胸も合わせ、更には和樹の両脚に自分の足を絡ませた。「こういうハグは和樹としかしないって言いたかった。」  和樹も腕を伸ばして、涼矢にしがみつくように抱きついた。「哲のほうから、こんな風なことされたり?」 「しなかった。」 「本当に?」 「本当に。」 「そう。」安堵の表情を浮かべる和樹を見て、涼矢の心が疼いた。和樹は、そんな想像までして、嫉妬して、腹を立て、悲しくなって。――俺みたいだ。それらは、かつて俺が和樹に向けていた感情だ。そして、そんな激しい思いを、俺に向けてほしいと願った。そのくせ、その通りに愛されていると知ってみれば胸が痛むなんて、わがままな話だ。だが、痛む心の片隅には、嫉妬されたことへの喜びも確かに込み上げていた。ひどい感情だ、と思う。 「忘れて。」と和樹が呟いた。 「ん?」うまく聞き取れなかった。いや、聞き取れてはいたが、何を忘れてと言われているのかが分からなかった。 「哲が泊まったことも、ハグしたことも、それから、俺がそれをこんな……。」 「嫉妬してくれたこと?」 「嬉しそうに言うな。」  嫉妬されて嬉しい、そんな気持ちを言い当てられて、涼矢はドギマギしながら顔の筋肉に力をこめた。「嬉しいわけないだろ。それに、あいつとこんなハグはしてないってば。もっと、離れてて。」 「もういい。その話やめろ。」和樹は指を伸ばし、涼矢の口に当てた。……もうそれ以上何も言うな。この唇は、そんな話をするために、ここにあるわけじゃないだろう?  その手に涼矢が自分の手を重ね、包み込むようにつかんだかと思うと、舌を出して、和樹の指先を舐めた。和樹は、その指先から電流のように快感が走るのを感じた。涼矢は上半身を起こしながら、和樹を抱きかかえるようにして、体勢を変えさせた。向かい合ってのハグから、和樹を背中側から抱きしめる形となった。  筋肉質ながら、ひきしまった体。現役選手だった頃よりは一回りも二回りも小さくなったけれど、それでも広い肩幅は変わらないし、胸板は人並み以上に厚い。涼矢は和樹の肩甲骨に口づけながら、前に回した手で、和樹の身体をまさぐった。ふ、と和樹から甘やかな吐息が漏れる。

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