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第306話 NOISE(4)
「ね?」涼矢は和樹の目の上の腕を外させた。
「眩し。」和樹は顔を歪め、目を細める。「電気、消せっつったのに。」
「そんなの無理。絶対無理。だってあんな可愛い和樹を……って、いってぇ!!」和樹は涼矢の脛を思い切り蹴っていた。
「俺の服、どこ。」和樹はベッドの表面を足先でなぞるようにして、脱ぎ捨てた服の在り処を探った。涼矢は起き上がり、ベッドの端にかろうじてひっかかっていた、和樹の部屋着兼パジャマのスウェット上下を渡す。
「パンツは、これでいいの? 結構じっとり……。」
「黙れ。新しいの出して。前と同じとこに入ってる。」
涼矢は夏に来た時に散々開け閉めした収納ケースを開ける。「俺は?」
「替えのパンツ持ってきてんじゃねえの。」
「ないよ。さっきの風呂だって、モットーを曲げて、穿いてきたパンツをまた穿いた。」
和樹は全裸の涼矢を上から下まで見る。それから玄関先に放り込んだままの小さなバッグに目をやった。前回の、海外旅行にも行けそうな大荷物とは全く違う。「荷物、あれだけ?」
「うん。」
「……おまえ今日、そもそも、どうやって来たんだ?」
「車。」
「車? どこに置いたんだよ。」和樹は体を起こし、ベッドの上にあぐらをかいた。
「もう少し先の、クリーニング屋の先にコインパーキングがあったから、そこに。」
「あのへんにコインパーキングなんかあったっけ。クリーニング屋って、ここからちょっと距離あるだろ。あ、だから、あんなずぶ濡れで……。」
「うん。……和樹が金曜日のこと言ってくれたから。来るなって言われなかったって、ホッとして、そしたら、いても立ってもいられなくて、すぐに行かなきゃと思って、着の身着のままっていうか、手ぶらで来ちゃって。だからごめん、今回は料理とかそういうのは全然……。」
「そんなことどうだっていいけど!」和樹は声を荒げた。涼矢がビクッと硬直した。「こんな大雨降ってんのに、危ないだろ。運転だってそこまで慣れてないくせに。」ぶつぶつとそんなことを言う。
「うちのほうは降ってなくて、それで傘も。」
「ま、いいや、もう。とりあえず、おまえもなんか着ろ。……俺のパンツ貸してやるから。けど、それは洗ってから返せよ。もう、余分にないんだから。」
涼矢はパンツを2枚出すと、1枚は和樹に渡し、もう1枚は自分が穿いた。そして、入浴前に出してもらった和樹の服を再び着た。和樹もベッドの上に居座ったままで着替えをした。
「なあ。」
「はい。」涼矢はベッドに腰掛けた。
「学校は? 明日だって明後日だって、あるんだろ?」
「ある、けど。それは大丈夫。」
「大丈夫って、おまえ、そういうことはちゃんとしてただろ。いいのかよ、今、こんな、俺のことなんかで。」
「なんかじゃない。」今度は涼矢が強く否定した。「和樹のことだからだよ、それより大事なことなんかない。」
「……。」
「……大丈夫だよ、大学のことは。今週いっぱい休むぐらいだったら、平気だから。平気なようにしてきたから。」
「着の身着のままで飛び出してきた割には、用意周到なんだな。」和樹は言葉の端にほんの少しの棘を感じる言い方をした。
「何か言いたいことでもある?」
「誰かの入れ知恵なんだろ?」
涼矢はため息をついた。「そういう言い方はしないでくれるか。おまえがそう言いたくなるのは分かるけど。」
「そっちこそ何が言いたいんだよ。」
「俺が悪いんだ。それでも哲は責任感じて、俺がオロオロしてんの見て、助けてくれようとしたんだよ。レポートも俺の代わりに出してくれるとかって。」
「聞きたくない。」
「あいつを庇ってるわけじゃないよ。」
「聞きたくないって言ってんの。」和樹は涼矢が着ている長袖Tシャツの裾を引っ張った。元は自分の服だ。
「……ごめん。」
「それも聞きたくない。」
涼矢はベッドによじのぼり、和樹の隣に座った。「いてもいい? 日曜まで。」
「いいよ。」そう嬉しそうでもなく、無愛想に答えた。それでいて「俺も明日は、とりあえず大学休む。」などと言う。
「そんな、和樹まで休むことないよ、バイトも大学も普段通りで。」
和樹は窓の外を見た。いや、カーテンは閉めていたから、外が見えるわけではないが、雨音が激しい。外はまだ、雨風が強い様子だ。
「この分だと電車止まるし、休講になると思う。バイトは行くけど。」
「休講にならなかったら、行けよ。」
「……せっかく来たんだし。」和樹は涼矢のほうを見ずに言った。「俺だって、平気だよ。何日か休むぐらい、大丈夫。」
「俺、急に来て、良かった? 迷惑じゃなかった?」
「別にいいんじゃないの。でも、掃除してないとか、そういうダメ出しはすんなよ。一応、金曜までにするつもりは、あったんだから。」
相変わらず涼矢を見ないまま、うつむきがちにボソボソと言う。そんな和樹の肩に、涼矢は手をかけて、自分に向かせた。
「来て良かった?」質問を繰り返す。
和樹は気まずそうに上目遣いで涼矢を見て、涼矢と目が合うと即座にまた目を伏せた。「良くないわけ……ねえだろ。」消え入るような声で呟く。
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