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第307話 NOISE(5)

「良くも悪くもない?」 「しつこいよ。」和樹は涼矢を押しやった。が、涼矢はびくともしない。押しやろうとした和樹の手を取って、自分に引き寄せ、ハグをした。 「ああ、しつこいよ。俺がそういう性格だって、知ってるだろ。」 「なんなの、さっきから。」 「俺は嬉しかった。金曜日来るかってメッセージ来た時。」和樹の後頭部を撫でながら、涼矢は言った。「ここに着いた時も、おまえが優しくて、嬉しかった。今も嬉しい。こんなことしても、嫌がられないから。」  和樹は自分から涼矢の胸に顔をこすりつけるようにして、涼矢にくっついた。しばらくの沈黙ののち、和樹が照れくさそうにポツリと言った。「嬉しかった。」 「良かった。」涼矢は両手で和樹の頭を抱え込み、更に強く自分の胸に密着させた。 「つうかさ、あんなセックスまでしといて、今それ言う?」涼矢の胸に押し付けられ、くぐもった声で和樹が言う。  その言葉に、一瞬声を失った後に、声に出さないままに涼矢は笑った。その振動が和樹にもダイレクトに伝わると、つられるように和樹も笑い出した。 「俺、すげえびっくりしたからな。」和樹は涼矢に抱かれたまま、顔だけ上げて言った。「夜中にピンポン鳴ってさ、宅配なわけないし、外は嵐だし、何事かと思って。何時間もかけて運転してきたならさ、せめて途中で一報入れろっつうの。」 「……前もって言ったら、来るなって言われるか、逃げられるかと思った。」 「そんなことしないよ。」 「されても仕方ないって思ってたんだよ。」 「馬鹿だなあ。」 「哲にもめちゃくちゃ馬鹿だ馬鹿だと言われた。」 「また哲の話? もうあいつの名前出すのやめて。うんざり。」 「ごめん。」 「……おまえにうんざりしてるんじゃないよ。自分がこんな嫉妬深いことに、うんざりしてる。」 「まだ、安心させてあげられてない?」涼矢は和樹の頬を撫でながら言った。 「頭では分かってるよ。」和樹は再び涼矢の胸に顔を伏せた。そのままずるずると下降して、やがて涼矢に膝枕でもされているような格好になった。涼矢は時折、そんな和樹の頭を撫でたり、背中をさすったりする。「おまえを……おまえが浮気したとか、俺を裏切ったとか、そんな風には思ってない。それは、最初から、一瞬も疑ってない。」 「うん……ありがと。」 「でも、だから。おまえが話したことは現実なんだと思ってショックだったし。浮気じゃなくて、本気なのかな、とか。今はまだ本気じゃなくても、そのほうがおまえにとってはいいのかも、とか、そういうことばっかり、頭ん中、ぐるぐるして。」 「そのほうが俺にとっていいって……? 何が、"そのほう"なの?」 「哲のほうが。あいつは俺より頭良いし、おまえとも話合うだろうし、目指すものも同じで、近くにいて、だから。」  涼矢は和樹の鼻をつまんだ。和樹が顔をしかめるとすぐに離した。「まさか、今もそんなこと、思ってる?」 「嫌だった。」和樹は涼矢のあぐらの中に、頭がすっぽりはまりこむように、完全に仰向けになる。涼矢はうつむいて、和樹の顔を逆さに見つめる。和樹は涼矢の顎に手を伸ばした。「おまえには哲のほうがお似合いだとしても、おまえが哲を選ぶのは絶対嫌だって思った。」 「選ばないよ。ありえない。」  和樹は顎の手を唇へと移動させ、唇に触れながら言った。「想像したら死にたくなるほど嫌だった。」それから頭を少し上げて、下から涼矢の唇に口づけた。キスの最中も、終わった後も、唇に触れたままだ。  その涼矢の唇が動いた。「好きだよ。」 「うん。」 「和樹だけだよ。」 「うん。」和樹は起き上がり、両腕を涼矢に絡めて、涼矢を押し倒すように導いた。「今日は、ハグしたまま、寝て。」 「それで上書きしろって?」 「そう。」  涼矢はニッと笑って「分かった。」と言った。 「笑うなよ。」 「ん、ごめん。」涼矢は和樹を思いきり抱きしめて、その額にキスをした。「おやすみ。」  翌朝には、もう嵐は通り過ぎてしまい、すっかり晴れていた。電車が運休になることもなかった。  涼矢が先に目を覚ました。和樹の顔は自分と反対側を向いてはいるが、まだ、腕枕は継続中だ。痺れはそう強く感じないけれど、動かした途端に一気に来るのだろう、と予想する。哲の時もそうだった。でも、腕を動かさないのはその痺れを恐れたせいではない。和樹が自分の腕の中にいる、という現実をじっくりと堪能したかった。  涼矢の熱い視線が伝わったのか、和樹も「うーん」と軽く呻きながら、目を覚ました。すぐに涼矢のほうに顔を向け、欠伸をしながら、「あはお。」としか聞こえない声を出した。 「おはよう。」 「……起きてた?」 「ついさっきね。」 「手、痛くない?」和樹が頭を浮かせた。 「どうかな。今はあんまり痺れてもいないんだけど。」涼矢は慎重に腕を抜く。「あ、ちょっと、じんじんしてきた。」 「腕枕って大して気持ちよくねえよな、やるほうは。」 「経験談?」涼矢がニヤリとする。 「あ。悪り。」和樹はバツの悪い顔をする。  涼矢はもう一度和樹を抱え込んだ。「痛くても、痺れても、いいよ。今、すげえ幸せだから。」

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