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第309話 NOISE(7)

「ほら、また舞子ちゃんとかに会ったら、面倒だから。それだけだから。」 「ああ。」涼矢は特に表情を変えずに、そんな話を聞いている。「で、コンビニ寄るんだっけ。」話題を変えたのは意味はないのか、それとも舞子の話をそれ以上したくなかったのか。 「そうだった。この先のさ、あの信号の少し先にいっこあるから。俺が買ってくるよ。涼矢、何がいい?」 「三角サンドとコーヒー。」 「コーヒーは、店頭で淹れるやつ? 缶コーヒー?」 「店頭で淹れるやつ、Lサイズ。」 「おっけ。」 「金ある?」 「あるよ、それぐらい。」和樹は笑った。 「勤労学生だもんな。」  和樹に言われたコンビニの前で、いったん停車した。「後ろの車に気を付けて降りて。」左ハンドルのため、和樹は車道側から降りないといけなかった。 「外車っぽーい。」和樹は案外それを嬉しそうにして、降りた。  間もなくして戻ってきた和樹はカップのコーヒーとコンビニ袋を携えている。乗り込む流れでホルダーにコーヒーを載せた。 「ややこしいの頼んで悪かったな。おまえ要らなかった?」と涼矢が言う。 「別にややこしくないよ。俺、これ飲むし。」和樹が見せたのは「アロエ果肉入りヨーグルトドリンク」だった。 「女子か。」涼矢はアクセルを踏む。 「お肌にいいらしいよ。」 「食ってていいよ。俺、帰ってから食うから。」 「うん。」和樹はコンビニ袋を漁り、おにぎりを取り出すとピリピリと外装フィルムを剥がした。 「ヨーグルトにおにぎり?」 「しかも、すじこ。」和樹はかじって具の見えている部分を涼矢にアピールした。 「合うの、それ?」 「見たら食いたくなったんだよ、すじこおにぎり。あ、涼矢のチーズおかかだっけ、あれも久々に食べたいなあ。」 「あんなの、いつでも作ってやる。チーズとかつおぶしがあれば。」 「両方ない。」 「知ってる。おまえ送ったら、食材、買って帰るよ。あとパンツ。」 「あとパンツ。」和樹がそこだけ繰り返して、笑った。 「バイトに行く時ってさ、いっぺん帰ってくるの?」 「いつもは帰らない。塾行く前にどっかで軽く食べてから行ってる。けど、なるべく帰るよ。でも、無理かもだし、帰れてもゆっくりごはんって感じにはならないから、凝った料理とかしなくていいよ。夕方また連絡する。」 「了解。」そんな会話をしているうちに大学の建物が遠目に見えてきた。「このへんでいい? もう少し先まで行く?」 「ここで。」  涼矢は車を停めた。「車通り、結構多いね。気を付けて降りて。」涼矢はまた例の注意をした。 「うん。」和樹は名残惜しそうに涼矢を見る。 「やっぱこれだと、助手席より後ろのほうが安全だよな。」と涼矢が呟いた。 「でも、助手席が良い。」和樹は降り際にそっと涼矢の手に触れた。「じゃ、行ってくるね。」  助手席に特別な意味合いを認めてくれるなら、佐江子を除いた他の人間をそこに座らせなかった甲斐があった、と涼矢は思う。 「はい、行ってらっしゃい。」涼矢は軽く手を振った。ぐるりと車の反対側に回り、歩道に上がった和樹も、手を振った。  和樹の姿がだんだん小さくなる。だが、車なら発進すればすぐに追いつき、追い越してしまう。和樹が完全に校門の中に消えるまで見届けてから、涼矢は車を出した。  その後は、いつもの駅前のスーパーではなく、少し離れたところにある業務用スーパーに行った。別段、お得用大容量パックが欲しいわけではない。スマホで調べたら、そこが比較的駐車スペースに余裕がありそうだったし、店のオープン時間が早かったからだ。それにすぐ近くに郵便局もあるようだ。そこでいくらか現金を引き出しておこうとも思った。  それらの所用を済ませ、後部座席に買い物した品々を積み込んでいると、電話がかかってきた。佐江子からだ。 ――生きてる? 「生きてる。」 ――無事に着いたぐらい、連絡しなさいよ。そっち、台風直撃だったんでしょ? 「夜中はね。今はいい天気だよ。」 ――いい天気だよ、じゃないわよ。心配するじゃない。 「心配? 誰が?」 ――私がよ! 決まってるでしょうが。 「それはそれは。すみません。連絡不行き届きで。」 ――まったくもう。まあ、いいわ。で、いつ帰ってくるの? 「日曜日。」 ――あっそう。そっち出る時にちゃんと連絡しなさいよ。 「はいはい。」 ――もう。 「ああ、あと。アリスさんとこの店に、ツケあるから、行った時に払っておいて。」 ――なんでツケ? テーブルのお金持って行ったんでしょ。 「昨夜はあれしかまとまった現金の持ち合わせなかったから、とりあえず使いたくなくて。帰ったらちゃんと返すよ。」 ――そんな時ばっかり宛てにしないでよね。 「そんな時ぐらいしか親らしいことしてねえだろ。ついでに郵便局の俺の口座も、足しといて。さっき下ろしたらかなり減ってた。」 ――知らないわよ、もう。  佐江子は電話を切った。だが、佐江子が本気で怒っているわけではないことは分かっていたし、おそらく今日明日には残高が増えているのだろう、と涼矢は思う。

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