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第310話 NOISE(8)

 そこからはまた和樹のアパート方面に戻る。数日間駐車するなら、空港近く等にある、連泊可能な駐車場に移動させたほうが安上がりかもしれなかったが、それでは帰る日まで車が使えない。せっかく東京まで車で来て、大学までの30分にも満たないドライブだけで終わらせるのはつまらないと思い、結局元のコインパーキングに戻ることにした。ただ、24時間に1度は精算しないと超過料金がとんでもないことになるらしい。ということは、毎日1度は出入庫しないとならない。……それは本来煩わしい作業のはずだったが、和樹を毎日送る口実になると思えば、妙に嬉しいことのような気もしてくる涼矢だった。佐江子の送迎の時には、もちろん、そんな浮き立つ気分にはならなかった。  アパートに戻り、食材をしまうと、下着類を、夏に勝手に創設した「涼矢コーナー」に置いた。それから、朝は干すまでの時間がなく、そのままにしてあった洗濯機の中の衣類を干した。その後は、きっと和樹もそれを期待しているであろう掃除をした。  そこまで済ませたところで、強烈な空腹感が襲ってきた。 ――そうだ、コーヒーを飲んだだけで、和樹が買ってくれたサンドイッチも食べていない。  気付けばもう昼も過ぎていて、空腹で当然だった。だが、久々の空腹感だった。ここ数日は食べたいと思う気力すらなかった。コンビニのサンドイッチを一気に食べると、更に食欲が刺激されて、それだけでは物足りなくなった。明日の朝食用にと買った食パンに、それと一緒に買ってきたハムを挟んだ。朝、最後の1個を食べてしまったカップスープのお詫びにインスタントスープも買ってきたから、それも付けた。 ――和樹と仲直りしたら、性欲も食欲も出てくるのか。単純なもんだな。  ハムサンドを頬張りながらそんなことを思って、1人でおかしくなった。  だが、和樹も大差なかったのかもしれない。部屋の片隅に無造作に置いてあるプラスチックごみの収集袋には、カップラーメンと菓子パンの空き殻ばかりが詰まっていた。いくら和樹でも、ここまで自炊しないはずがなかったし、それらのごみの下のほうには、肉や野菜が入っていたらしき食品トレイなどが見える。つまり、ほんの数日前までは少しは料理もしていた様子がうかがえた。 ――俺のせい、なんだろうな。  それでも、アリスのうどんを口にするまで、ほぼ水分しか摂っていなかった自分よりは、まだマシと言えた。  涼矢はベッドにごろりと横になった。和樹の匂いがする。夏に来た時にも感じた。そして、帰る頃には鼻が慣れて分からなくなった、匂い。  掛布団を丸めて抱き枕のように抱いた。昨晩の和樹の痴態を思い出そうとした。半日も経っていない記憶は容易に、かつ鮮明によみがえった。後ろ手に拘束されて、うねる背中。汗ばんだ肌。甘い声でもっと奥とねだられた。涼矢が今着ているジャージからも和樹の匂いがする気がする。和樹に包まれているようで、くらくらした。  高校の頃。部活では同じ平泳ぎを得意としていた2人は、いつも競い合う仲だった。このジャージを着た和樹をいつも熱い目で見ていた。 ――そんな俺の視線を、どうせあいつはライバルとして睨みを利かせているとでも勘違いしていただろうけど。ジャージよりも水着のほうが当然ずっと肌の露出は多くて、もちろんそれだってドキドキしながら見てた。でも、そういう時は自分も水着で、そんな無防備な格好の時に勃起なんかしてしまっても困るから、あまり見ないようにしていた。だから、「いかがわしい目で」和樹を見つめていたのは、実は裸に近い水着姿の時よりも、このジャージを着ている時のほうがはるかに多かった。  あのジャージを脱がせて。水着でも下着でも取り払って。あの美しい体を自分の下に組みしだいて、快感に喘がせてみたいと、数えきれないぐらい想像した。あるいは自分が貫かれたいと、何度も想像した。時に想像の和樹は2人に分身して、自分に挿入しながら、自分を受け入れてくれもした。  現実の和樹は、想像していたよりもずっときれいで、可愛くて、淫らだった。 「んっ。」涼矢は下着の中に手を入れた。「あ……あっ……。」もう硬くなっている自分のペニスを握る。涼矢のでイキたい、そんな和樹のセリフを思い出すだけで更に大きく張りつめる。和樹の部屋で、和樹のベッドで、和樹のいない隙に、和樹のジャージに身を包んで、和樹の痴態を思い出して、自慰をする。それは後ろめたくて、だからこそ、刺激的だった。和樹のジャージを汚さないようにしなくちゃ。そんなことを頭の片隅で考える。でも、手を止めることはできなかった。「はっ……あ……ふっ……。」昨日もあんな抱き方をして。今日の夜だって、また、抱くのだろう。覚えたての中学生かよと自分にツッコミを入れながら、布団やジャージに和樹の気配を探し、頭の中では昨日の和樹の肌の熱と甘える声を何度も再生させて、涼矢は昇りつめた。 「んんっ。」その瞬間はただそう呻いただけだ。

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