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第317話 NOISE(15)

「涼矢はハゲの家系じゃないんだよな?」 「はい?」素っ頓狂な声を上げてしまった。和樹があまりにも予想外のことを言い出したからだ。 「涼矢にそっくりだったおじいさん、オールバックにしてたって言ってたもんな?」 「あ、うん。……まあ、そう言われれば、父方も母方も、血縁関係にツルピカな人はいないかな。多少薄い人とか、総白髪の人はいるけど。」 「俺んちはさ、母方は絶対ハゲるんだ。遺伝的にそうなってる。父親のほうは、半々ぐらい。親父は今のところ、セーフのほうだけど、微妙。」 「お、おう。」涼矢は和樹の父親の姿を思い浮かべようとする。頭髪についての印象は特にない。特にないと言うことは際立った特徴はなかったのだろう。 「単純に言って、4分の3の確率で、俺はハゲる。」  涼矢は和樹の顔から、視線を少し上方に移動させた。和樹の額の生え際を見つめながら言う。「和樹、髭も割とすぐ伸びるもんな。男性ホルモン多めっぽいから、その可能性は低くはないな。」 「それでもいい?」 「な、何が?」涼矢は視線を元に戻す。 「俺がハゲても。メタボになっても。おまえの好きなルックスじゃなくなっても。」和樹は至って真剣な顔でそんなことを言い出した。  涼矢は一瞬呆気にとられた後、フッと微笑んだ。「そうなったら、嫌いになると思う?」 「おまえ、顔とか筋肉とか、俺のこと、見た目重視で好きって言うから。」  何を言ってるのかと笑い飛ばすこともできたが、涼矢はそうしなかった。テーブルの上にあった和樹の手に自分の手を重ねた。「確かに俺は和樹の顔が好きだけど、それだけが好きなわけじゃないよ。俺の好きなルックスだから好きなんじゃないよ。和樹だから、好きなんだ。和樹が好きで、だからその顔も好きだし、筋肉も好きだし、声だって何だって好きだよ。和樹がハゲるようなことがあったら、そのハゲ頭を好きになるよ。しわくちゃのおじいさんになったら、シワシワの肌を好きになるよ。ビール腹になったら、そのお腹を好きになるよ。それにおまえがそうなった時には、俺だって似たり寄ったりだよ。おまえはそういう俺じゃダメなわけ?」  和樹は何か言いたそうに口を開きかけて、だが、何も言えなかった。 「まだ足りない? まだ不安?」  和樹は再び足を崩した。「ん。まあね、そうなってもいいと言ってくれるとは思ってた。俺だってそんなの関係ないって思ってたし。でも、いざ、実際に、具体的に見ちゃったら……つまりその、久家先生と小嶋先生を見たらね、素敵なカップルだなあと思えなくて、俺らがいくら頑張っても、行き着く先はこんな冴えないおじさんカップルなんだって思ったら、ちょっとさ、ゲンナリしたんだよ。」 「それは、普通の夫婦だって、同じだろ。みんな冴えないジジイとババアになっていくよ。ジジイとババアになるのか、ジジイとジジイになるかの違いだろ。」 「そうなんだよな。……うん、涼矢からそういうのが聞きたかった。」和樹は涼矢を見た。「俺、最初は、ゲンナリした自分がショックで。でもさ、ショックはショックだったけど、俺がその秘密を知ってから2人を見てたら、お互いのこと、すごく思いやってるのが見えてきたんだ。小嶋先生が自分も病気して大変なのに介護もして、でも久家先生に負担が行かないようにしてて。そんな相手を久家先生は心配しながらすごく優しい目で見ていて、フォローして。お互いのことを大切に思ってるのが、分かって。だからやっぱり、そういうの、いいなあって思って。」 「そういうの?」 「うん。大変なことがあっても、一緒に暮らして、助け合ってさ。相手がどんな見た目になっても、大切にしてさ。なんつの、やっぱりこの人たち、ちゃんとお互いのパートナーなんだなあって思った。こっちを言いたかったの。だから、涼矢もおんなじように考えてくれてたらいいと思った。」 「そうなりたいって思った?」 「思ったよ。」 「俺と?」 「ほかに誰がいるよ?」  涼矢は重ねていた和樹の手を握りなおして、自分のほうに引き寄せた。テーブルの上で、顔だけ寄せ合って、キスをした。 「言わなくても分かるって思ってた。」和樹は涼矢にいざりよった。「でも、おまえは言葉が大事だって言ってた。嘘でも言葉が欲しいって。俺、ピンと来なかったけど、今回の……哲のことでね。分かった。欲しいよな、言葉。特に、今、俺たち、離れててさ。壊そうと思えば、着拒するだけで簡単に壊せる、そんな関係で。」涼矢の肩に頭を載せる。ちょうど、倉田と別れた直後の哲に肩を貸した時のようで、涼矢は密かにそのことを思い出し、このタイミングでそれを思い出すことに罪悪感を覚えながら、和樹の声に耳を傾けた。「だから、言葉がすごく大事だ。俺のこと好きって言ってほしいし、今の話も、俺もそう思うって、言ってもらいたかった。」  哲の時とは違い、涼矢は和樹の頭を抱き寄せた。「好きだよ。俺、結構しょっちゅう言ってると思うけど?」 「うん。くどいぐらいでちょうどいいや。もう分かったよ、しつこいよって俺が言うまで、言ってて、それ。」 「なんか、逆戻りだな。」涼矢はくすりと笑う。

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