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第318話 NOISE(16)
「逆戻り?」
「付き合いたての頃、おまえ、言ってただろ? 和樹のこと好きだって言い続けろって。言ってる間は好きでいてくれるって。」
「……ああ、言ったなぁ。ひでえこと言ったもんだな、俺。」
「ホントだよ。でも、今、また、同じこと言ってる。」
「そうか? それとは違うだろ。」
「俺に、好きって言えって言ってる。」
「うーん。でも、違うよ。」和樹は涼矢の指に自分の指をからめた。「あの時は、おまえに好き好き言われたら、おまえのことがもっと好きになれる気がした。今は、好き好き言ってもらわないと。」そこで和樹は口籠もる。
「言わないと、どうなっちゃうの?」
「……言いたくねえな。」和樹はからめた指先だけを残して、涼矢から離れた。「カッコ悪ぃもん。」
「言ってよ。」
「やだよ。」
「ずるいよ。」
「ずるくはねえだろ。言いたくないもんは言いたくない。」
涼矢は指をからめているのとは反対側の手で、強引に和樹を引き寄せた。頭も背中もしっかりとホールドし、和樹が身動きできないようにしてから、耳元で言った。「言えよ。」
「な……。」
「言葉が大事なんだろ?」背中の手に力が入る。「ちゃんとおまえが言葉にして。」
「……怖い。」
「俺が?」
「じゃなくて。……いや、合ってんのか。おまえの気持ちが、俺から離れていくのが怖いよ。だから、好きって言ってもらわないと、怖い。」
涼矢のホールドがふと緩くなる。涼矢は和樹の顔を覗き込むようにして、微笑んだ。「やっと俺と同じになった。」
「おまえも?」
「怖いよ。ずっと怖かったし、今だって怖い。」涼矢はもう一度、和樹を強く抱きしめた。「でも、好きって、そういうことなんだと思う。」
――じゃあ、俺は初めて人を好きになったのかもしれない。
涼矢の腕の中で、和樹はそう思う。人を好きになって、好きになってもらえて、通じ合って、幸せになる。そこが「好き」のゴールだと思ってた。好きの先に「怖い」があるなんて知らなかった。やっと手に入れた幸せを失うのが怖い。お互いの気持ちが変わってしまうのが怖い。未来永劫の約束なんてできないことが心細くて、怖い。
「涼矢。」和樹は涼矢に両腕をからませた。その勢いで、ゆっくりとだが、涼矢が後ろに倒れこんだ。和樹はそのまま涼矢に馬乗りになる。「好きだよ。」
「すげえ体勢で言ったな?」涼矢が笑った。
「このままやっちゃえそう。」
「どうぞ。」
「本当にやるぞ。」和樹は涼矢のTシャツの下に手を滑り込ませた。
「いいよ。好きにして。」涼矢は寝転んだまま両手を上げ、全面降伏のポーズだ。
「やんねえよ。」和樹は涼矢から降りた。
「やんないの?」
「だってそこ、痛いだろ。腰とか背中。フローリングで。」
涼矢はむっくりと起き上がった。「そういう意味か。優しすぎ。」
「すぐそこにベッドあるんだから。」実際、狭い部屋のこと、食卓からでも手を伸ばせば、もうそこがベッドだ。和樹はベッドをポンポンと叩いた。
「じゃあ、ベッドに移動。」涼矢はベッドに腰掛ける。
「後でな。」和樹は立ち上がるが、涼矢の隣に行くこともしない。その前を素通りして、収納ケースのほうへと向かった。
「この期に及んでおあずけですか。」
「俺にはいろいろ準備があんだよ。」和樹は下着類を出した。「風呂。つかシャワー。」
「昨日はそんな、準備とかしなかっただろ。しなくても別に……。」
バスルームのすぐ手前までたどり着いていた和樹は、ツカツカと涼矢のところまで戻ってきた。拳を軽く涼矢の胸に当てる。「準備したほうがいろいろ気にしないで、思い切りヤレんだよ。おまえのせいでそんななっちゃったんだからな、少しは責任感じて、ちょっと待つぐらい我慢しろよ、バーカ。」
涼矢は何も言い返せず、ただ押し黙った。それを一瞥して、ふん、と鼻息も荒くしながら、和樹は再びバスルームへと消えて行った。
おまえのせいで、と言われて嬉しいなんて、変な話だ。1人残された涼矢は、ベッドにごろんと横になった。自分が和樹に影響を与えて、和樹を変えていく。不思議な気がする。でもきっと、自分も和樹によって、変えられているんだろう。彼氏が変わるたびに感化されて、趣味もファッションも変えてしまうような女の子たち。そんな手合いを見ると、多少なりとも軽蔑する気持ちがあったものだけれど、今となっては自分と大差ないんだと思う。
やがて、タオルを腰に巻いただけの姿で、和樹が戻ってきた。
「パンツ持ってってなかったっけ。」寝そべったまま、涼矢が言う。
「どうせすぐ脱ぐんだと思って。」
「色気のない発言。だったらタオルも要らねえだろ。」
「そこは男子のたしなみと言いますか。」
「夏は平気で全裸だったくせに。自分で裸族って言ってたじゃない?」
「裸族の秋冬バージョンなんだよ。」
「タオル1枚が?」
「そう。」笑いながらベッドに座った。その衝撃でベッドがぼよんと弾む。涼矢が起き上がって、和樹の隣に並んで座ると、和樹が両手で涼矢の右腕にしがみついてきた。
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