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第319話 NOISE(17)
「こういう女の子、いるよね。」
「あたしのものよって牽制しながら歩いてる子な。ぶらさがる勢いでな。」
「うん。されたことないけど。和樹は……。」
「はい、あります。されたことあります。それが何か。」
「なんでもないです。」
「あ、そういやこれ、俺のジャージ。」上着のほうには、胸と肩のところに名前の刺繍がある。和樹は肩の刺繍をつまんだ。
「うん。」
「彼ジャージか。」
「そうだな。」
「やらんよ、これは。」
「えー、このまま着て帰ろうかと思ってるのに。」
「だめだよ、結構便利に着てるんだから。つか、おまえも家にはあるだろ、同じの。」
「彼ジャージってところがいい。」
「でも、脱がせるよ?」和樹は襟部分に手をかけた。
「あ。」
「何。」
「あれ、着て。」涼矢が顎で示したものは、例の小嶋からもらったスーツだ。
「着ねえっつっただろ。」和樹は腕にしがみついたまま、顔を涼矢の肩にこすりつけた。「もうここまで脱いでんだから、さっさと。」
「脱いでるからちょうどいい。着るだけで済む。ワイシャツとかネクタイは?」
「あるけど。」
涼矢は腕にからみつく和樹の顔を上げさせて、じぃっと見つめた。
「無言でプレッシャーかけんなよ。着ないっての。」
「メガネ掛けようか?」涼矢がにっこりと笑う。
「……卑怯者め。」和樹は勢いよく立ちあがった。その弾みに腰のタオルが落ちたのも厭わずに、無言で下着を身につけた。それからワイシャツを出してきたが、クリーニングから戻ってきたばかりのようで、ビニール袋に入っている。「これ、わざわざ開ける? 普通のシャツでいいよな?」
「やだ。それがいい。クリーニング代は出してやる。」
「なんでもかんでも金で解決しようとすんなよ。」
「俺のわがままを聞いてもらっているんだから、それは仕方ない。」
「じゃあ、俺の金でナース服買ってきたら、おまえ、着てくれるわけ?」
「もちろん。」
「少しは悩めよ、変態。」
「俺が和樹のリクエストを断るわけないだろ?」
「俺は無理なもんは無理って、ぜってぇ断るからな!!」そう言いながら、素肌にワイシャツを羽織った。いつもならワイシャツの下には肌着代わりの白いTシャツを着るが、それは省略したようだ。
「ふぅん?」涼矢は顎に手をあてて、着替える和樹を機嫌よく見つめていた。
「なんだよ、なんか言いたいことあんのかよ。」
「いや、スーツはぜってぇ無理じゃないんだなって。良かった。できれば俺だって無理強いはしたくないから。」
ズボンを穿こうと片足立ちをした状態で、和樹は停止し、涼矢を上目遣いで見た。
「絶妙のバランス感覚。」涼矢は片足立ちの和樹を冷やかす。
「うっせえよ。」和樹は気まずそうにそれだけ呟くと、着替えを再開した。
ネクタイを締めるところまで来ると、涼矢が言った。「高校の制服、ネクタイだったから、ネクタイの締め方だけは困らないよな。」
「そうだな。」
「中学はブレザーだった?」和樹は高校入学のタイミングで引っ越しをしていて、中学時代のことはお互いに何も知らない。
「詰襟。学ランだよ。」
「写真ない?」
「ここにはない。もし、あっても見せない。」
「なんで。」
「おまえがエロい妄想するから。」最後に上着の袖に腕を通す。「ほらよ、着たぞ。」
「うん。」涼矢はじっと見つめる。
「うん、ってなんだよ、なんとか言えよ。似合うねとかカッコいいねとか。」
「エロい妄想してんだから、黙ってろよ。」言葉の通りに、観察しているように、ただ、見ている。
「実物を目の前にして妄想ってなんだよ。」
「え、いいの?」
「あ?」
「今の俺の頭の中を、実行していいの? やってくれんの?」
「……涼矢くん、なんだか怖いこと言ってる?」
「怖いことはしないけど。」
「いや既に怖い。すみません、俺が悪かったです。……なあ、これ脱いでいい? 普通にしよ、普通に。」
涼矢がふいに立ち上がる。反射的に和樹はビクッとしたが、その和樹の前を通り過ぎ、涼矢はラックの端に立てて並べてある冊子を指差した。「これ、塾のテキスト?」
「そ、そうだけど?」怯えた目をした和樹に、涼矢はそのテキストのうちの1冊を押しつけた。その次には、ペンを。それから自分もその隣のテキストを手にして、元のようにベッドに腰掛けた。
「都倉先生、よろしくお願いします。」
「えっ? あ? はい? 何?」
「授業始めてください。」
「……涼矢くん?」
「そこはやっぱり、苗字のほうがいいかなあ。」
「た……田崎くん?」
「はい先生。」
「いや、そうじゃなくて。」
「ああ、そうだ。」また涼矢は立ち上がり、今度は自分のバッグを探り出した。戻ってきた手にはメガネがあり、当たり前のように「はい。」と和樹に渡した。
「え?」
「メガネは教師がかけてた方がそれっぽいだろ? それ、そんなに度も強くないから、ちょっとなら頭痛くなったりもしないと思うよ。」
言われるがままに、和樹はメガネを掛けてみた。涼矢はそう言うが、元々視力の良い和樹には、やはりきつい。すぐに外して、目をしばたいた。
「うーん、これは無理か。」涼矢が手を差し出すと、和樹はメガネを返した。
「全部無理っす……。」
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