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第320話 NOISE(18)
「何が?」
「先生と生徒ごっこ。」
「なんで?」
「なんでって。」
涼矢はメガネを掛け、和樹に一歩近づいた。和樹がその分、後ずさる。涼矢はそのまま壁際まで追い込んだ。「なんでだめなの? 先生と生徒だから?」
和樹に"先生と生徒ごっこ"は嫌なのか、と聞いているのか。
それとも、既に"生徒役"に入り込んで、"先生役"の和樹に向かって言っているセリフなのか。
どちらとも取れる涼矢の問いかけに、和樹はただ、唾液を呑み込んだ。
「そんな顔しないでよ。俺が困らせてるみたい。」涼矢がニヤリとする。「嫌がることはしないよ。痛いことも。いいって言うまで、手も出さないから。」涼矢は両手をジャージのポケットにつっこんだ。そして、顔だけ和樹に近付けた。和樹は目をつぶる。
だが、涼矢の唇が触れてくる気配はなかった。和樹は目を開けた。目の前に、涼矢の顔はある。「キスしたいなら、そっちから来て?」涼矢が言う。
和樹もまた、両手がふさがれている。テキストとペンを持たされているせいだ。だから涼矢を抱き寄せることもなく、さっき涼矢がしたように、顔だけ突き出して、涼矢に口づけた。2人とも薄目を開けたままだ。
「あーあ。教え子に手を出した。悪い先生だ。」涼矢は舌先で自分の唇を舐めた。
「そっちかよ。」和樹が呟く。「やんねぇっつったのに。」
「そっちって?」
「もう、どっちでもいいよ。」和樹は涼矢の前をすり抜けて、テキストとペンをテーブルに置いた。「田崎、罰として腕立て20回。」
「何の罰だよ。」
「先生に向かってその口の利き方はなんだ。」
涼矢はプッと吹き出した。
「態度が悪い。追加で腹筋も20回。」
「ひでぇ体罰教師。」涼矢はそう言いながら、床に這いつくばり、腕立てを始めた。
「お、意外と軽々。」
「20回ぐらいやれるっつの。」腕立てを終えると、続けて腹筋もこなした。
「さすがだね。副部長。」
「先生ほどじゃありませんけど。」仰向けに寝そべったまま言った。
和樹はそんな涼矢にまたがった。「押さえててやるから、腹筋、追加で10回。」
「何の罰ですか。」
「これは罰じゃないよ。ご褒美のほう。」
「どこが?」
「腹筋するたび、キスしてやるよ。ここまで起き上がれたらね。」和樹は自分の口元を指差す。
「セクハラ教師だなあ。」涼矢は腹筋で起き上がると、和樹の首に両腕をからめた。「キスして、センセ。」
和樹は軽いキスをした。
「それだけ?」
「まだ1回目だろ。次はもう少し濃いやつしてやるから。少しずつ、な。」今度は和樹がニヤニヤした。
「そんなのずるい。」涼矢のほうからキスをした。舌を伸ばすが、和樹の唇は閉ざされたままだ。「口、開けてよ。」そう言われても頑なに口を閉ざしている和樹に、涼矢はムッとした。「教育委員会に訴えてやる。先生にセクハラされましたって。」
「誰も信じないよ。おまえみたいなデカい……むっ。」涼矢は和樹がしゃべりだした隙に、その口を自分の口でふさぎ、舌を出した。無理やり口を閉じたら涼矢の舌を噛んでしまいそうで、和樹はされるがままになる。「てめ、ひきょ……。」焦らせた和樹への仕返しのように、何度も繰り返されるディープキスの合間に、なんとかそんな恨みごとを言うぐらいしかできなかった。
「生徒のことをてめえ呼ばわりなんかしちゃだめだよ、先生。」
「いいかげんにしろよ。」和樹は涼矢の両肩を押し、再びフローリングの床に押し付けた。
「こういうのが好きなの? いいよ。脱がせて?」
挑発的に和樹を見上げる涼矢の上着を、和樹は肩のラインが出るところまではだけさせた。袖を抜く前に、その下に着ていたTシャツをまくりあげ、露わになった乳首に舌を這わせた。
その時だ。
音がした。
「なっ?」和樹が音のした方向に目をやると、視線の先には、涼矢の伸ばした腕と、さらにその手の中のスマホがあった。
「セクハラの証拠写真。」
「ざっけんな。」和樹は涼矢のスマホを奪い取るべく手を伸ばすが、届かない。
「ちゃんと相手してくれたら消すよ、センセ。」
「もういいだろ、学校ごっこ。」
「やだ。やる。」
「ていうかさ。」和樹は涼矢にまたがって間もなく、その違和感に気付いていた。「おまえ、なんでこの状況で勃ててんの?」
「この状況だからだろ。俺の今の視界、最高にエロい。」
「どこがだよ。」
「スーツの都倉センセに押し倒されてる。」
和樹はいよいよ呆れた。涼矢は頑として、この「ごっこ」をやめるつもりはないらしい。「田崎、変態だね。まさか優等生のきみがこんなこと。」笑い出しそうになるのをこらえつつ、和樹が言った。
「そうなんです。僕、悪い子なんです。お仕置きしてください、先生。」
和樹はついに笑ってしまう。
「笑わないでください。僕、真剣に先生のこと好きなんです。先生の言うこと、なんでも聞きます。」
涼矢の、大袈裟ながら、あながち本心ではないとも言えなさそうな演技に、和樹は笑うのをやめ、こちらも真顔になって返した。「なんでも?」
「なんでも。」
和樹はまたがっていた涼矢の上から降りて、立ち上がった。
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