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第322話 NOISE(20)

「ベッドで。」ハアハアと息を弾ませながら和樹がそう言ったのは、フローリングに直に座った体位では、和樹の体重を支える涼矢の負担が大きそうだと思ったからだ。  そんな和樹の真意は涼矢にも伝わったようで、「センセ、優しい。」などと言いながら、和樹の手を引いてベッドに移動した。その次の瞬間にはもう、横たわった和樹の足を広げて、すぐに挿入を始めた。 「せっかちだな。」 「若いんで我満できないんです。」 「俺、何歳設定だよ。」 「……30歳ぐらい?」"高校生"とこんなことをする"大人"を思い浮かべたら、まっさきに出てきたのが倉田だったせいで、彼の年齢を答えた。 「ひでえの。」和樹にとっても、涼矢にとっても、30歳は自分たちからは遠く離れた"大人"だ。更にその先にいる久家や小嶋などは、こんな時の想像の範疇にすら存在しなかった。 「ちゃんと最後までつきあってくださいね。」 「そっちこそ、ちゃんと最後までやれよ。」 「頑張ります。」涼矢はそう言って笑うと、ずん、と、和樹の奥深くまで一気に貫いた。 「んっ……!」 「隠さないで。」和樹は表情を隠すように目の上に腕を置いていた。その腕を涼矢はどける。「やらしい顔、見せて。」  そんな言われ方をして、和樹は顔が火照るのを感じた。だが、自分はそんな、「やらしい顔」などしていないと言い切る自信はなかった。いや、しているに違いない。 ――だって、さっきからずっと、気持ちいい。散々前をねぶられて、後ろを指で開かれて、ペニスで押し広げられて、突き上げられて。こんな風に半端に服を着せられたまま、前戯もそこそこに性急にアナルを責められて、乱暴に犯されてるみたいだけれど、その実、俺の反応を確かめながら、優しく丁寧に扱われているのが分かる。腰を抱く手も、抜き差しするペニスですら、俺の吐く息、溢れる喘ぎに合わせてくれてる。気持ち良くない、わけがない。 「涼、やだ、見んなっ……。」発情した顔など見られたくない。その一方では今更だろうとも思う。見られてもいいとも思う。見てほしいとすら思う。そうすれば、俺がおまえにどれだけ溺れているか、一目で分かるだろうから。 「見るよ。」涼矢もまた息を荒げながら、だが、薄笑いを浮かべて言う。「大好き。」 「やっ……あっ……好き、俺も、んんっ……。」絶え間ない快感の波。和樹は自分を見つめる涼矢から目が離せない。視線を合わせたまま、喘ぐ。「涼矢、涼っ……、好き、もっと、来てっ……。」 「もっと? センセ、ホントにエロい。」涼矢は激しく腰を動かした。 「も、やだ、先生、じゃなくて……ちゃんと、名前……。」  それが少しだけ苦手なのだ、涼矢は。こういう時に和樹と呼ぶことに、まだ慣れないでいるのだ。ふざけたごっこ遊びだとしても、「先生」と呼ぶ方がまだ呼びやすい。一方的にこじらせてきた想いが強すぎて、こんな行為の最中は、一番愛しい人の名前が一番呼びづらい。それでもこうはっきり名前を呼んでほしいと言われれば、それを断る理由はなかった。 「和樹。」涼矢は和樹の奥を深くえぐりながら、顔を寄せて、口づけた。何度も口づけては、何度も呼んだ。「和樹。好きだよ。和樹。」ひとたび呼んでしまえば、簡単だった。 「ん……ん。」和樹は涼矢の呼ぶ声に応えているのか、涼矢にそう呼ばれる度に押し寄せる快感に反応しているのか、何度もうなずくようにして、目尻に少し涙をためた。  涼矢は体を起こし気味にして、ラストスパートへと向かって行った。涼矢の動きに合わせて和樹も激しく喘いだ。涼矢の腕をつかんでいる手にも力がこもる。もし、女性のように長い爪であったなら、涼矢の腕にも背にも、いくつもの爪痕がくっきりと残っただろう。 「あっ……ああっ……無理、涼、もう、イク……。」 「んっ。」  息も整わないうちから、涼矢は和樹の後始末をする。涼矢はコンドームをつけていたけれど、和樹はそのまま射精していた。和樹が自分でやると言うのも断り、涼矢が丁寧に下半身を拭いた。 「微妙に、飛んだかも。」そう言いながら涼矢は和樹のネクタイに目を凝らした。結局最後までワイシャツとネクタイは身に付けたままだった。こんな後始末の段になって、涼矢は和樹のネクタイを外してやり、乱れたワイシャツを脱がせた。外したネクタイをもう一度よく見た。指先でちょんちょんと触り、大丈夫か、と独り言のように言った。「ネクタイも、これだけ?」 「それだけ。それもお下がり。親父の。」 「じゃあ、大事にしないとね。」涼矢は立ち上がり、和樹が、一応は皺にならないように気をつけて床に置いたスーツの上着とズボンを拾って回り、ハンガーに掛け、「手のし」するように、表面を撫でた。そのハンガーにネクタイも引っ掛ける。ワイシャツは別のハンガーに掛けた。裾の方はさすがに若干皺が寄っていたものの、襟や袖口はそうでもない。これなら改めてクリーニングに出し直す必要もなさそうだ。 「すげえ間抜けな格好。」和樹が笑った。涼矢は上半身こそTシャツにジャージの上着を着ているものの、下半身は何も身につけてなかった。その格好のまま、涼矢はベッドに上がり、寝そべっている和樹にキスをした。それから和樹にからかわれたそのジャージとTシャツを脱ぎ、和樹同様、全裸になった。

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