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第323話 NOISE(21)

「素っ裸も間抜け?」涼矢は和樹の隣に身を横たえた。それから、ベッドと壁の境目にくしゃくしゃになっていたタオルケットをつかんで広げ、2人の体が覆われるように掛けた。 「いや、全然。」和樹はタオルケットの下で、涼矢の脇腹をつまんだ。と言っても、つまめるほどの贅肉はなく、皮をつまんだようなものだ。「今後も腹筋、サボらないように。」 「はい、先生。」涼矢は自分でそう言って、吹き出した。 「涼矢くんさ。」 「はい。」 「マジでああいうこと、考えてるの?」 「ああいうことって?」 「だから、先生と生徒プレイ、みたいな。」 「考えてる。」 「即答したし。」 「考えるだろ、普通。」 「考えねえよ。」 「おまえだってナース服とか言ってたじゃない? 医者とナースあたりは想像してるんじゃないの。あ、入院患者とナース?」 「あれは、あれだ。言葉のアヤっつうか。」 「とっさに出てきたんだから、ちょっとは考えたこと、あるんだろ。」 「……あるけど。」 「ほら見ろ。」 「けど、そんな、リアリティは求めてねえよ。医者のコスプレしてエッチしようとか、そこまでは。」  涼矢は横向きになり、和樹を見た。「やだった?」 「……嫌ってほど、嫌では、ないけど。」 「良くなかった?」 「良くないってことは、ないけど。」 「じゃあ、良いよね。」 「悪いとは言ってない。」 「だって、なんか、俺が変なことしたみたいな言い方するから。」  変なことしたじゃないか。和樹はそう言いたかったが、今の会話の流れだと、なんだか言いづらい。またもや涼矢に丸めこまれた気がしてならないけれど。消化しきれない気持ちを抱えていると、涼矢が和樹の頬を手の甲でそっとさすった。 「バイト先で先生って呼ばれても、ドキドキするなよ?」と涼矢が悪戯っぽく笑いながら言った。  頬を撫でる手を邪魔にするでもなく、和樹は言う。「しねえっつの。」 「ちょっとざりざりしてる。」涼矢は手の平を返して、今度は指の腹で和樹の頬に触れた。 「もう三十路のおじさんだからさ、髭、伸びちゃうの。」涼矢が押し付けた設定を逆手に取る。 「それは年、関係なくない?」 「どうせ俺は髭がすぐ伸びて、そのうち頭は薄くなるの。超切ない。」  そんな自虐の言葉に真正面から答えることなく、涼矢は「睫毛も長いよね。きれい。」と言いながら和樹の睫毛に親指の先でそっと触れた。和樹はその瞬間、反射的に目をつぶる。そのまぶたに涼矢がキスをした。続いて、額にも。その頃には和樹も目を開けて、目の前には涼矢の喉仏が見えた。和樹はその喉仏にキスをする。 「涼矢は、髭は薄いのに、睫毛は長いよな。」 「長いかな。言われたことない。」 「奥二重だから目立たないのかも。上から見たり、目つぶったりしてると分かる。」和樹は少しだけ体を起こして"上から見る"を実践してみせた。 「俺のことを上から見る人も、目つぶってるところを見る人も、あまりいないし。」  何故か和樹のほうが照れくさそうにして、笑った。「いいだろ、それで。気が付いてんの、俺だけで。」 「うん。」涼矢にも和樹の照れ笑いが伝染したように、はにかんで笑った。  涼矢は奥二重で切れ長の目をしているが、目が小さいと言うわけではない。鼻筋が通っていて、唇は薄い。3年も近くにいたくせに、涼矢の顔をまともに見て、そんなことに気づいたのは涼矢に告白された時だ。 「おまえ、よく見るとイケメンだよな。」和樹は涼矢の鼻筋をつうっと撫でた。 「それ、褒めてる?」 「そのつもり。俺、濃いとか暑苦しいとか言われるから、涼矢みたいな、すっきりした顔に憧れる。」 「俺は和樹の顔のほうが断然好きだよ。よく見なくてもイケメン。」 「イケメンイケメンってさ、そりゃこういう顔で得したことがないとは言わないけど、でも嫌になる時だってあるよ。真面目にやってんのに遊んでるように思われたり、実力で勝ち取ったもんでも贔屓って言われたり。女は美人のほうが得なことが多いかもしれないけど。」 「女だって、美人はズルいだの性格悪いと言われる。特に同性から、やっかまれて。」 「そうかな。綾乃はそうでもなかったと思うけど。女の子の友達も多かったし。」 「川島さんだって陰でいろいろ言われてたよ。おまえが知らなかっただけ。」 「そうなの?」 「女王様気取りだとか、男の前と女の前じゃ態度が違うとかって言われてた。」 「そんなことないのになぁ。彼女、結構男っぽいっつか、サバサバしてて。」 「それだって、おまえに合わせてそうしてたんだろ。彼女だって、おまえの前と俺の前じゃ態度違ったし、女子同士の時はもっと違ってて。」涼矢はそこまで言って、黙った。姿勢を少し変えて、天井を見上げる格好になる。それから顔を両手で覆った。「やっぱ、川島さんの話はやめて。」  和樹は苦笑した。「まだそんなこと言ってるの。てか、もしかしておまえ、綾乃のこと、嫌いか?」 「嫌いだよ。大っ嫌い。」顔を覆ったまま、涼矢は言った 「珍しい、おまえがそんな言い方。でも、もう過去の話だろ、気にすんなよ。」 「どうせ俺は川島さんみたいにサバサバしてないよ。男のくせにネチネチネチネチ、過去の話でも気にすんだよ。悪かったな。」

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