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第325話 NOISE(23)
翌朝、スマホのアラームが鳴ったか鳴らないかというタイミングで、和樹が手だけ伸ばして、アラームを止めた。だが、起きることはなかった。そのまま放置して二度寝に入ると、再度アラームが鳴った。また和樹が止める。3度目でようやく起きたのも和樹だ。涼矢は全く動じず、起きる気配がない。和樹は涼矢を起こさないように気をつけながら、ベッドを抜け出した。
軽くシャワーを浴びて、身支度をする。涼矢より先に起きたという事実が早起きをした錯覚を起こさせるが、実際はそれほど時間的余裕があるわけではない。涼矢が買っておいてくれたらしきパンを見つけたものの、あまり食べる気がしなくて、箱からみかんを取り出して、立ったまま食べた。そんな行儀の悪さの理由は、なんのことはない、シンクの三角コーナーが近くて、剥いた皮がすぐに捨てられるからだ。2つめにも手を伸ばして、半分ほど食べたところで涼矢がもぞもぞと動き出した。
「はよ。」布団から出ずに涼矢が言う。和樹が「おはよう」と返すと、布団にくるまったまま「顔が見えない。」と涼矢が言った。
和樹は残りのみかんを口に放り込み、皮を三角コーナーに捨ててから、ベッドのところへ行き、腰を曲げて、寝たままの涼矢に目線を合わせた。
「おはようございます。朝イチに見たい顔はこちらでよろしかったでしょうか。」と顔を突き出した。
「そう、これこれ。」涼矢はにっこり笑って、和樹に手を伸ばし、顔を引き寄せて、キスをした。「和樹、なんか良い匂いがする。みかん?」
「今、食べた。」
「パンがあるはずだけど。」
「昨日パスタ食ったのが遅かったから、あんまり腹減ってなくて。だからみかんにした。2個食ったけど。」
「俺もそうしようかな。」涼矢はのそのそとベッドから抜け出た。「あ、時間、平気?」
「あんまり平気じゃない。結構ギリギリ。」
「だよな。いいや、俺は帰ってから食べる。とりあえず車出すわ。」涼矢は顔を洗い、下着と中のTシャツだけを替えて、また和樹のジャージを着た。
「おまえ、ずっとそれ着てる気?」
「うん。楽チン。」
「そのへんにあるやつ、適当に着ていいから。」和樹は衣類の入った収納ケースを指した。
「うん。」
「勝手に取り替えたり、持ち帰ったりするなよ?」
「……あ、うん。」
「帰る時、荷物チェックするからな。」
「チッ。」
「舌打ちすんじゃねえよ。」
涼矢は寝起きのぼうっとした顔のまま、バッグを手にして、素足に靴を履いた。やっと乾いた靴。体重をかけてドアを開け、今度は右手でそのドアを支えて和樹が出てくるのを待ちつつ、無意識にジャージのウェストのところから左手を入れ、腰のあたりを掻いた。
「ケツ掻いてんじゃねえよ。」
「ここはケツじゃない。」欠伸をしながら涼矢が言う。
「おまえ、すげえだらしないぞ、今日。」
「ああ、そんな気はしてる。」
戸締りを済ませ、コインパーキングへと向かう。その道すがら、和樹はその話題を再開した。「寝癖もひどい。」
「うん。でも、今日は買い物もしないから。車から降りない。」
「もしや、根はだらしないタイプ?」
「そんなことはない。」
「今のそれ見て、信じられるかよ。夏は、もうちょっと、ちゃんとしてなかったか?」
「ちゃんとしてた、かな。」
「どうしてこうなった。」
涼矢は和樹をチラリと横目で見た。「ちゃんとしろと言われればちゃんとする。」
「他人に言われてやるんじゃなくて、自発的にちゃんとするのが、ちゃんとするってことだろ。」
「へえ、遅刻常習の都倉くんも偉くなったもんだねえ。」車までたどりつくと、涼矢はドアを開け、和樹に顎で乗るように示した。乗り込むのを見届けて、自分も運転席に乗る。
「はあ?」顔をひきつらせ、不快感を露わにした和樹の頬を、涼矢はV字にした手で挟んだ。
「俺は今、おまえに甘えてんだよ。甘やかせよ。ダメ人間になって、媚びてんだから。」
和樹は頬を押さえる涼矢の手を払った。「だったら、もっと分かりやすく媚びろよ。そんな偉そうな媚び方があるか。」
「寝癖がひどくて、薄汚れたジャージ姿の俺は、好きじゃない?」
「……そんな、ことは、ない、けどっ。」少し唇を尖らせるようにして、和樹は言う。「つか、別にそのジャージ、薄汚れて、ねえし。洗ったばっかで、昨日と今日、おまえが家の中で着ただけだし。中身は着替えてるんだろ。」
涼矢は和樹の耳元で囁いた。「今日、和樹がいない間に汚したら、ごめんね? おまえのジャージ着てると思うと、時々、妙な気分になっちゃうんだよね。」既に昨日、和樹のいない間に妙な気分になったことは、高校時代の更衣室での行為と同様に、一生の秘密だ。
「ふざけ」最後まで言う前に、涼矢の唇で塞がれた。
「行ってらっしゃいのキス、玄関でしそびれたから。」
和樹が何か言い返す前に、涼矢はエンジンをかけ、車を発進させたので、和樹は物言うタイミングと、戦意を喪失することになった。
「今日は6時頃の帰宅予定。バイトはない。で、いいんだよな?」運転しながら涼矢が尋ねた。
「うん。悪いね、なかなか家にいられなくて。」
「俺が勝手に押しかけたからね。」ミラーを確認しながらハンドルを切る。「それに、あそこで留守番するの、嫌いじゃない。」
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