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第327話 SMOKE(2)
和樹は普段と何も変わることなく、講義を受け、たまたま居合わせた友人数名と学食で昼食を摂った。食べ終わると、午後も同じ講義を受ける渡辺と連れだって教室に移動する。これも普段通りだ。
「そういやさ、彼女の件、どうなったの。別れた?」渡辺が尋ねてきて、この男に「恋人が別の男と一夜を共にした話」をしていたことを思いだした。あの時は頭が混乱してつい言ってしまったが、今思えば迂闊だった。何をどう誤魔化すべきか。
「別れてない。仲直りした。」
「なんだ、つまんねえの。」渡辺は笑った。「でも、良かったじゃん。好きなんだろ。」
「まあね。」
「どうやって仲直りしたんだよ。」
「別に……。向こうが軽率なことをしたって謝ってきたから。」
「そんなんで許しちゃうのか。」
「許すよ。」
「ホントにベタ惚れなんだな。」
「おまえはどうなの。告ったの。」
「告るってほどじゃないけど、今度、川崎さんとライブに行く約束した。」
「へえ、すげえじゃん。」
「たまたまチケットが手に入ってさ、確か前に彼女が好きだって言ってたバンドだったから、ダメ元で誘ってみたらOKしてくれてさ。」
教室に入り、中一つ空けて、並んで座った。真ん中の椅子に和樹がバッグを置くと、渡辺もそこにバッグを置いた。
バッグからテキストやペンケースを出すのと同時に、渡辺はチケットを出して和樹に見せた。「ほら、これだよ。」
「あ、俺もこのバンド、結構好き。」チケットに印字されているバンド名を見て、和樹が言った。
「良いよな。」
「あんまりデート向きじゃないけどな。」
「そうか? なんで?」
「ボーカルもギターも美形で、女子人気がすごいだろ。彩乃ちゃんもそれ見て熱狂して、カッコよかったぁって目がハートになっている。そんな時に、ふと隣を見ると、そこにあるのは、おまえの顔。」
「うあっ。」渡辺は心底ショックを受けた表情を浮かべた。
「基本的に初めてのデートで見る映画とかライブとか、自分より良い男が出てちゃダメなんだって。」
「先に教えておいてくれよぉ。」
「知るか。」
先生が教室に入ってきて、そこで話は中断した。
講義が終わると、渡辺が「な、さっきの話だけど。今まで見た映画でさ、一番ウケが良かったのってどんなの? ライブで失敗したら映画でリベンジする。」
「一番ねえ……。」
「女の子が好きな映画っつったら、ほとんどは良い男が出てくるじゃんか?」
今までつきあってきた彼女たちと、映画に行くことはよくあった。映画は会話で盛り上げる努力をしなくて済むし、薄暗がりで手をつないだり、普段見ることのない表情をこっそり横目で見たり、そんな楽しみもあったから、次のデートはどうしようと悩んだ時には大概映画を見に行ったものだ。
そんな中で、どの映画がデートに一番ふさわしいかと言ったら。
「……インド映画かな。」
「えっ?」
「ベタなインド映画。歌ありダンスありのラブコメをお勧めする。」
「マジで言ってんのかよ。」
「ああ。」
「あ、さては、それを見たのって今の彼女と?」
「そうだよ。初デートの最初のイベントがそれ。」
「インド映画見て、盛り上がって、惚れさせたわけか。」
「俺がね。俺の方が、それで陥ちた。最初からそれを見ようと思ってたわけじゃない。けど、たまたまタイミング的にそれしかやってなくて、でも、文句も言わずにつきあってくれて、普段そんなに喜怒哀楽が激しい奴じゃなかったんだけど、その時、初めて声出して笑ってるのを近くで見て。なんかさ、そういうのが可愛いなあって思って。」
「そもそも、そのデート、向こうから誘われたの? つか、告白したのはどっち?」
「ひみちゅ。」和樹はふざけてそんな言い方をして誤魔化そうとしたが、渡辺は必死にくらいついてくる。本気で彩乃の攻略に知恵を貸してほしそうだ。
「いいじゃん、それぐらい。俺とおまえの仲だろう? じゃあ、せめて写真見せてよ、写真。」
「やだね。」
「見せられないほどのブスなのか?」
「そんなことない。」
「都倉さぁ、彼女のこと、超秘密主義だよな。もしかして、本当はいないんじゃないの? あ、二次元の嫁ってオチか?」渡辺は自分で言った言葉に自分で笑った。
「ちゃんと実在するし、三次元だよ。」
「じゃあ、どうして教えてくれないんだよ。」
「そうやってプライベートにズカズカと入ってくるからだよ。これでおまえに写真見せたり、なれそめだの、どんなデートしたかだの話したら、おまえ、ことある毎に冷やかしたり、みんなに触れて回ったするだろ。そういうのが嫌なの。」
「冷やかされたっていいじゃんよ、ラブラブなんだからさ。写真も見せてくれないんだったら、都倉には彼女なんかいないって言って回るぞ。」
「……ったく、うっせえな。」和樹は渋々スマホを出した。渡辺に背を向けて、以前エミリと撮った、カモフラージュ用のツーショット写真を表示させた。「これ。」
「わ、マジマジ? 見せて。」渡辺はスマホを奪い取った。「なんだ、普通に可愛いじゃん。」
「ん、じゃ、返せ。」
「待って待って、他のないの。」渡辺は画面をスワイプして、勝手に次の写真を見ようとした。
「バカ、ふざけんな。」和樹は力づくでそれを奪い取った。その先には、涼矢とのキス写真も、その時の動画だってある。「そういうとこが嫌だっつってんだよ。」
「ごめーん。」渡辺は至って軽い調子で謝った。
その時、電話がかかってきた。
「彼女からだったりして。」などと懲りずに言ってくる渡辺を放置して、和樹は邪魔にならない廊下の隅にまで移動した。
発信元は、塾だった。
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