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第331話 SMOKE(6)

 自分や涼矢の人生より長い期間、連れ添ってきた2人。その年月の中で、自然と培われてきた息の合い方ではあるのだろうが、それと同時に、共に戦ってきた戦友のような結びつきでもあったかもしれない。実の親にすら認めてもらえない、職場の仲間にも言えない、そんな息苦しさを本当に理解し、支えられるのは、お互いの存在しかなかったんじゃないだろうか。和樹は、そんな息苦しい関係は嫌だと思う反面、その「お互いのかけがえのなさ」が、羨ましくもあった。 「そう言えば、服はどうするの。あと、お香典とか。」一通りの配膳を終えた涼矢が言った。 「服はこのスーツでいいって。」和樹はハンガーにかかっている小嶋のスーツを指差した。「黒いネクタイは借りる。お香典は塾で用意したのを俺が持って行くんだと思う。明日夕方に塾に寄ってから葬儀場に行く。」 「学校は? 終わってからで間に合う?」 「間に合う。明日は元々早いんだ、学校終わるの。だからいったん帰って、着替えてから塾行く。」 「了解。」  ふたりでいただきますを唱え、食べ始めた。和樹も普通に食欲はある様子だ。  涼矢が味噌汁をすすりながら聞いた。「明日は夕飯、どうする? 通夜ぶるまいあるかな。」 「何それ。」 「食事が用意されてるかもしれないってこと。お寿司とか。食事しながら、思い出話したりして、故人をしのぶわけ。でも、調べてったほうがいいと思うよ、そういうの。俺が知ってるのと東京のやり方、違うかもしれないし。」 「はあ、緊張するなあ。」 「別におまえが主役じゃないし。」 「葬式の主役って誰だよ。亡くなった人?」 「喪主じゃないの。主、ってつくぐらいだから。」 「小嶋先生が喪主って聞いたな。大変そう。」 「大変だろうな。例の深沢の家の法事だって、毎回大騒ぎ。正妻の子は佐江子さんだけだけど、腹違いの姉と弟がいてさ、実質今の本家を仕切ってるのはおばあちゃんと同居してる叔父さんで、でも年齢的には伯母さんが一番上だし、毎回何かしらで揉める。」 「腹違いの姉? 涼矢のおじいちゃん、佐江子さんより前にこどもがいたってこと?」 「そういうこと。おばあちゃんと結婚するずっと前で、だから、その伯母は佐江子さんより一回り以上年上だってさ。」 「その相手とは結婚しなかったんだ。家柄が合わないとか、そういう、昔のドラマみたいな理由?」 「それもあると思う。相手はホステスさんか何かで。でも、たぶん、そのことより、じいさんの年齢がまずかったんだろうな。17、8歳の頃の話だったらしいから。」 「17、8でホステスとつきあって、こども作って? 田崎家は16で出産したり、17で産ませたり、なんなんだ。」 「深沢家だけどね。言われてみると早熟な家系なのかな。でも、佐江子さんは晩婚で高齢出産だったし、俺はこんなだし、うちだけちょっと外れてるな。」 「そこでバランス取ってんのか。」 「そう思えば、俺がゲイなのも意義がある気がしなくもない。」  和樹はチラリと涼矢を見る。「それは違うだろ。」 「違うか?」 「おまえがそうなのは、その、俺のためだろ。」涼矢はキョトンとした。意味を探るように和樹の顔を見つめていると、和樹はみるみる赤くなった。「だから、おまえが男が好きなのは、俺と、で、出会うためっつか、そういう運命っつか……。」  意味が分かると、涼矢も赤面した。「なに言っちゃってんの。」涼矢は自分の茶碗を持って慌てて立ち上がった。「おまえもおかわり要る?」 「おう、お願い。」和樹も残っていた一口をかきこんで、茶碗を涼矢に手渡した。 「そう言えば、茶碗、買ったんだ?」白飯をよそいながら涼矢が言う。夏の時には飯碗はひとつしかなく、スープボウルで代用したりもした。 「うん。100均だけど。あと、コップも。」  そう聞いて涼矢は食器棚を見た。「本当だ。」 「いつでも嫁に来い。」 「ハハ。」涼矢は照れ笑いをしながら両手にそれぞれの飯碗を持って、戻ってきた。  食事を済ませ、その片付けを和樹がしている間に、涼矢はベッドに足を投げ出して座り、リモコンでテレビをつけた。いくつかのチャンネルを行き来して、天気予報をやっている局に合わせた。「明日は広い範囲で晴れ、日中の気温は17度まで上がり、過ごしやすい1日となるでしょう。」画面に出ている文字を読み上げた。 「お出かけ日和なのになあ。」シンクのほうから和樹が言った。 「仕方ないよ。土曜日も天気良いみたいだしさ、土曜は空いてる?」 「2コマだけある。昼までには終わる。」 「じゃあ、土曜にどっか行こうか。ドライブ。」 「うん。」洗い物を終えた和樹が涼矢の隣に座り、同じように足を投げ出した。和樹がなにげなく自分の両足を足首のところで重ねると、涼矢が真似して足を重ねた。それに気づいた和樹が、今度は左右の足の重ね順を逆にして組み替えると、涼矢も同じことをした。続いてV字に広げるとまた同じように。足指をグーパーすると、涼矢は右足だけそれをした。 「俺、右足しかそれ出来ないんだよね。」 「そうなんだ。」 「左でやろうとすると、つりそうになる。」 「まあ、出来ても出来なくてもどうでもいいよな。」 「でも、こういうのも泳ぎに関係してるのかもって思って練習したことある。」  和樹は吹き出した。「いつの話? ガキの頃?」 「いや、高校だよ。」

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