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第335話 SMOKE(10)
涼矢は、またぞろ腰を動かして、最後は小さな呻き声でフィニッシュした。そして、再び和樹の背中に崩れ落ちるように重なった。しばらくその姿勢で息を整える。
「抜くけど……こぼれそ。」涼矢がだるそうに動いて、和樹の身体から降りようとした。
「だめー。」と、こちらもまた気の抜けた声で、和樹が言う。
「いや、無理だって。」
「ぜんぶ俺のものなんだから。」和樹は自分の腕を枕にしながら、言った。反応を確かめるように涼矢を横目で見る。そうして見上げた涼矢は、言葉を詰まらせ、困惑しているのがありありと窺えた。まだ和樹の中にあるそれを、抜くに抜けないでいる。そんな涼矢に意地悪く言いつけた。「馬鹿、早く抜けよ。でも、一滴でもこぼしたらだめ。」
「そんな、一休さんのトンチじゃないんだから。」
和樹がその答えを聞いて吹き出す。「この場面でそういうこと言うか、普通?」
涼矢は少しムッとして、あっさりと引き抜いた。
「こぼした?」
「こぼしてない。」
「嘘だね。」和樹は身をよじって自分の背後を見る。「ベトベトするし。」
「おまえ、先に、シャワーして来いよ。ちゃんと中までかきだして。」
「めんどくせ。」と言いつつ、和樹が上半身を起こそうとする。
涼矢がすかさず言った。「ただし、そこらにこぼすんじゃねえぞ。」
和樹はフンと鼻で笑って、立ち上がった。「あぁ、気持ち悪ぃ。」と言いながらバスルームに向かう。涼矢はその後ろ姿も見ていたかったが、武士の情けと思って背を向けた。
……いや、それ以前に、"中出し"を要求してきたのは和樹なのに、気持ち悪いとはなにごとか、と思う。思ってから、なんだか無性におかしくなった。雪山で遭難して死にかける時のように性欲が湧くのだと言って、何度も激しく交わって、果てはお互いのぜんぶが欲しいとねだり、自分のぜんぶをあげると訴えた。そんな熱烈な愛の交歓の結果が、これか。哲の言っていたことは本当だ。フィジカルな刺激は強い。見つめるだけで満足だと思っていた自分が過去にいたことすら信じがたい。
涼矢はふとハンガーにかかっているスーツに目を止めた。明日のお通夜もこれを着て行くと言っていた。これをくれた人の母親のお通夜。セックスの間、和樹がいつもと少し様子が違っていたのは、間違いなくそのことが関係している。どこか上の空だったし、不安そうだった。和樹自身も言っていたけれど、初めて人の死というものに関わることになって、動揺しているのだろう。
その感覚は分からなくない。渉先生がこの世からいなくなってしまった時、そのことをどうしても受け入れられなかった。彼がいなくて、自分がいる。それが理解できなかった。彼がいないというのなら、自分だって本当は死んでいるんじゃなかろうか。自分が生きているなら、彼だって生きてるんじゃないのだろうか。彼の存在があまりにも大きすぎて、そんな風に生と死の差がひどく曖昧に感じられる時期があった。それはどのぐらいの期間のことだっただろう。佐江子に「何かされなかったか?」と問いただされた頃も、まだその感じは続いていたから、少なくとも1ヶ月ほどはその状態だった。特に、「自殺」という死因を含め、こどもには刺激が強すぎるからと葬儀には連れて行ってもらえなかったから、死に顔も、花に囲まれた遺影すらも見ることなく、余計に彼の死の実感が持てなかった。
ああ、だから、葬式が必要なのか。
涼矢はそんなことも思う。死んだ人間が天国なり極楽なりに行く、あるいは無に帰すにしても、弔いはその助けであると同時に、遺された者のためでもあるのだ。血色を失い、まぶたも開かず、呼吸で胸が上下することもないその人は、もう、自分と同じ次元にはいないのだと、受け入れるための儀式。
唯一涼矢がその葬儀に参列したことのある叔父は父方の縁者で、普段は海外に住んでいたその人とは滅多に会うことはなかったけれど、会えば可愛がってもらったように思う。海外の香りのするお土産も楽しみだったし、その地の文化や暮らしぶりを聞くことも楽しかった。そう言えば初めて「同性婚」というものを意識したのは、この叔父に見せてもらった写真の中にあった、男性同士の結婚式の写真を見た時だ。彼は芸術方面の仕事をしていたので、アーティストとの親交も深く、そういった友人の中にそのカップルはいた。タキシード姿の2人の男性が頬を寄せ合って笑っている写真を不思議そうに眺める自分に、「彼らはとても素晴らしいアーティストで、魂のパートナーだ。そのことを僕たちでお祝いをした時の写真だ。」と叔父は説明してくれた。集合写真もあったように思うが、祝福する参加者の中に、あのカップルの親はいただろうか。それは思い出せない。
叔父自身は若くして病気で亡くなってしまったのだけれど、亡くなるまで独身だった。だから涼矢の父親が喪主を務めた。ぼんやりと覚えているのは、見慣れない若い男性が自分の近くに座っていたことだ。だが、涼矢にとっては弔問客のほとんどは見慣れない顔だった。その中で彼だけが印象に残っているのは、彼が外国人だったからだ。涼矢は急にそのことを思い出すと、ふっと線がつながった気がした。――彼は、叔父のパートナーだったのではないか?
そうだとしたら、理解できることはある。父親がいやにあっさりと和樹との仲を認めたことだ。弟が「そう」だったのだとしたら。
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