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第338話 SMOKE(13)
「教室長が来られないので、代理です。えっとあの……このたびは、ご愁傷様でした。」早坂に教わった通りに香典を袱紗から出して渡した。
「ありがとう。」
「お疲れですか。」
「まあ、ちょっとね。でも大丈夫ですよ。」
もう一言二言話したい気もしたけれど、背後に弔問客が並んだ気配を感じて、和樹はその場を離れた。
すぐに葬儀場のスタッフがやってきて、こちらにどうぞと席を案内された。祭壇近くの喪主の席に小嶋がいるのが見えた。こちらはこちらでリーダー格らしきスタッフと何か打ち合わせをしているようで、和樹のことには気づいていない様子だ。そのすぐ隣に座っている気の強そうな女性が「政治の道に進んだ妹」だろうか。その夫と思われる男性と、夫婦のこどもと思しき中高生ぐらいの男の子と女の子が1人ずついる。更にその隣は車椅子の女性。彼女がもう1人の妹さんか。施設の職員なのか、平服の女性が付き添っていた。
時間になると僧侶が入って、読経を聞き、焼香をした。それも済むと、別室に移動するように促された。行った先には寿司などが並んでいる。これが涼矢の言っていた通夜ぶるまいというものか、と和樹は思った。どこに座ればいいのか戸惑っていると、久家がやってきて、「ここ、どうぞ。」と自分の近くの座布団を指した。そう言えば焼香の時、久家の姿を見なかった。遅れてくる弔問客もいるから、その対応のためにずっと受付のところにいたのだろうか。
「お焼香とか、初めてで、緊張しちゃいました。」こういう時の話題に何を言ったらいいのか分からず、和樹はそんなことを口走った。
「お葬式は初めて?」
「はい。」
「若いもんね。」久家は笑いながら、和樹のコップにオレンジジュースを注いだ。「この年になると結婚式より葬式が多いですよ。あ、もしかして結婚式に行ったこともまだない?」
「はい、ないです。」
その時「都倉先生。」という声がして、振り向くと小嶋がいた。小嶋は和樹の隣に膝をついて座った。「今日はすみません。ありがとうございます。」
「いえ、あの……このたびは、ご愁傷様です。」
「良く言えました。」小嶋はニヤリと笑う。「まあ、寿司でも食べて、お腹いっぱいになったら適当なところで帰っていただいて構いませんから。」
「はあ。」
「そのスーツも、何かと役に立ってるようで良かったですよ。」
和樹はなんと答えてよいやら戸惑いながら、「ああ、いや。じゃなくて。はい。」と曖昧に答えた。
「久家くんもあの時のスーツ、着てきたらよかったのに。」と小嶋は久家に言った。「久家くん」なんて呼ぶんだ、と和樹は内心思う。
「都倉先生ならともかく、この年になりゃ喪服じゃなきゃおかしいよ。」と久家が答えた。
「それもそうだ。……じゃ、失礼。」小嶋はまた立ち上がり、他の顔見知りのところへと移動して行った。
その時、周囲からヒソヒソと会話する声が聞こえてきた。「ほら、今話していた相手が例の。」「えっ、あの若い子?」「違うわよ、もう1人の、中年のほう。」「あの男と暮らしてるの?」「そうなんだって。」「嘘お。」「信じられないわよね。」「じゃあ遺産は?」「関係ないでしょ、だってただの同居人だもの。」「それがね、養子縁組までしているらしいのよ。」「まあ!!」……それらは決して好意的とは言えない口調だった。
内緒話のつもりでも、耳も遠くなり始めていそうな年配の女性たちの声はさほど小声でもなくて、和樹に聞こえてくるその声は、当然久家にも聞こえているだろうと思われた。
「大丈夫ですよ。」何も言わないうちから、久家が和樹に言った。「慣れてます。何十年と言われてることですから。」
「あれ……親戚の方ですか。」
「ええ、小嶋の、いとこといったあたりの関係ですね。私も全員と会ったわけではありませんが。」
「さっき、小嶋先生の隣にいたのは、小嶋先生の妹さんですか。」
「ええ、そうです。議員さんなんですよ、すごいでしょう。こどもたちも優秀でね。」
「……久家先生、あそこにいらっしゃらなかったですよね。」
「はは、気が付いてましたか。そうなんですよ。特にあの議員さんには嫌われてますからねえ。でも、いいんです、あんなところに並べと言われるほうが晒し者みたいできつい。」きつい、と言いながらも、久家は柔和な笑みを絶やさなかった。「小嶋は隣に座れって言ってくれましたけどね、私が断っちゃった。」久家は寿司をいくつか和樹の取り皿に置いた。「ま、食べましょうよ。これも供養ですから。」
2人で寿司やら天ぷらやらをつまむ。久家がいてくれてよかった、と和樹は思う。喪主の小嶋は忙しそうだし、久家がいなかったら1人でこの場をどう過ごせばいいか分からないところだった。
「全然関係ないんですけど、小嶋先生、久家先生のこと久家くんって呼ぶんですね。」
「えっ、そんな風に呼んでた?」
「はい、さっき。普段そう呼んでるのかなあって思って。」
「やだなあ。」久家は照れ笑いをした。「でも、久家くんなんて言わないですよ、いつもは。」
「じゃあ、なんて?」
「しまった、ヤブヘビだったな。」久家はますますま照れくさそうだ。「いいじゃないですか、そんなの。」
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