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第347話 いつか晴れた日に(2)
部屋の前まで着くと、どちらからともなく小指をほどいて、中に入る。別にそこで熱烈な抱擁もキスもしない。2人とも、淡々と着替えたり手を洗ったりした。
和樹はスーツを部屋の真ん中で脱ぎ、ハンガーに掛けた。ネクタイはワイヤーラックに目立つようにひっかけた。これは返すべきものだから忘れないようにと。歩きながらワイシャツを脱ぎ、バスルームに到着すると靴下を脱いだ。「シャワー、先に使うね。」
「ああ。俺は昼間、入ったからいいよ。」涼矢は和樹のTシャツを勝手に物色し、ここに来てからすっかり我が物にしたジャージのズボンを着た。暖房も入れたし、あとは寝るだけだからと半袖Tシャツを選んだが、やはり少し肌寒い。結局その上にジャージの上着も着込んだ。
和樹を迎えに行く時も、車から降りることはあるまいとジャージ姿で行きかけたが、目的地が葬祭場ということで、念のため自分のシャツとズボンを着ていった。だから久家の家に急遽上がることになっても、服装の点で怖気づく必要はなく、そうしておいてよかった、と自分の判断を自負したい気分だった。
すぐに戻ってくると思った和樹が、なかなかバスルームから出て来ない。疲労で寝落ちでもしてしまったのではないかと心配になってバスルームに近づくと、半透明の扉越しの和樹のシルエットはちゃんと動いていた。
――ああ、"準備"してんのか。
それを理解した途端に、涼矢は落ち着きがなくなってくる。涼矢も「そのつもり」はもちろんあった。だが、昨日の若干不安定な様子や、今日の緊張からの疲労を考えたら、無理強いもしたくなかった。でも、和樹自身が「そのつもり」なら、拒む理由はない。
ベッドに戻り、枕を抱いて横たわった。間もなくして、和樹がバスルームから出てきた。タオルを腰に巻いただけの姿で、涼矢に近づいてくる。ベッドに乗り、涼矢が抱いている枕を取り上げた。
「髪、乾かさなくて平気?」和樹の髪は、水が滴るほどではないが、まだ湿っていた。
「ちゃんと乾かしたほうがいい? 待てる?」挑発する視線と口調で、和樹が言う。
「待てない。」涼矢が和樹の肩を抱き寄せるようにすると、和樹は涼矢に覆いかぶさるように密着してきた。
そんな風に煽っておきながら、和樹は涼矢の胸に顔を埋めて「やっぱ、ちょっと疲れたな。結構緊張してたみたい。」と呟いた。
「じゃあ、今日は何もしないですぐに寝る?」和樹の後頭部を撫でながら涼矢が言う。
「バーカ。」和樹は涼矢の首にキスをする。「あ、これ、俺のTシャツか。」
「勝手に借りた。」
「ん。いいよ。でも、とりあえず脱いで。」脱いで、と言いながらも、和樹はもう涼矢のジャージの上着を半分脱がせてしまっている。涼矢はされるがままだ。
「明日、午前中だけ学校あるんだよな?」
「うん。」両手を上げてバンザイの姿勢を取る涼矢からTシャツを抜き去った。「ドライブの計画?」
「どこ行きたい?」
「どこでもいい。」和樹は涼矢の首や肩に、細かなキスを繰り返す。
「どこでもいいはダメなんだろう?」
「2人きりになれるとこ。」
「車の中は2人きりだよ。」
「今もだけどね。」
「やっとだよ。今日の留守番、さすがに長く感じた。」
「淋しかったかい?」わざとらしい口調で和樹が言った。
涼矢は和樹の両頬を手で包むようにした。「淋しかったよ。すごぉく。」
それもまたわざとらしい言い方をしたから、和樹からはふざけた答えが返ってくるかと思いきや、涼矢の両手に包まれた顔は、真面目な表情だ。「ごめん。」と目を伏せる。「せっかく来てくれたのに、一緒にいられる時間、なくて。」
「おまえのせいじゃないだろ。」涼矢は和樹の頬にキスをした。
「涼矢は明日、ドライブ、行きたい?」
「え?」
和樹は涼矢にしがみついた。「俺、このほうがいいや。大学は行くけど、午後から遠出するより、ここでおまえとこうしていたい。」
「和樹がそれでいいならいいけど。……いいの?」
「うん。」
「じゃあ、そうしよっか。」
「ドライブは、年末の帰省の時にでも。チャリの時は遠くてやめたけど、海のほうとかさ。……おまえが嫌でなければ。」その海は、かつて涼矢が身を投じることさえ考えた海だ。
「嫌じゃないよ。」涼矢は和樹の髪を撫で、額に口づける。「今はあの海だって良い思い出だもの。おまえのおかげで。」和樹と一緒に自転車で山を登り、遠目にその海を見た。2人で涼矢の作った弁当を食べた。キスをした。誰にも言えなかった過去を和樹に告白した。和樹がその辛い記憶こそが今の涼矢を作っているのだと言い、そういった経験や人との関わりのすべてに意味があるのだと教えてくれた。
「楽しかったな、あの時。帰りにショボい温泉まで行って。」
「見た目はショボかったけど、なかなか良いお湯だった。」
「おまえ、勃ててたよな?」和樹が笑った。
「それは和樹が、変なことするから。」
「キスしただけだろ。つか、おまえがキスしたいって先に言ったんじゃなかったけか。」
「キスしたいけど、他のお客さんもいるし、無理だなって言いたか」話している途中で、和樹がキスしてきて、口を塞がれた。
「思い出話より、することあるんじゃない?」
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