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第350話 いつか晴れた日に(5)
「言うこと、増えてるし。」和樹は涼矢にしがみつく腕に力を込めた。涼矢はまだ耳を舐めていて、それが思いのほか快感を呼ぶ。嫌がっているかのような言葉とは裏腹に、自分から腰を浮かせてしまう。あとは涼矢のそれを目がけてすとんと落とせば、自然と自分の内に入ってしまいそうだ。だが、涼矢はきっとそうはさせないつもりだろう。
「早く言わないともっと増えるよ。お尻に俺のチンコ挿れてって、言って?」
「下品。」和樹は半笑いで、涼矢にキスをした。舌で涼矢の口をこじ開けて、口蓋を舐めた。「挿れろよ。……お尻に、涼矢の。」
「なんかズルいけど。じゃ、その、挿れてほしいやつに、ゴムつけてくれる?」
「もう。」和樹は不服そうに口をとがらせながらも、涼矢のペニスにコンドームを被せた。
「これ、欲しいの?」
「ん。欲しい。」
涼矢はゆっくりと、和樹の中にペニスを埋めていった。
翌朝、和樹はいつもと同じ時間に起きた。土曜日の講義は2コマしかないながらも、1限目からあるのだ。和樹がセットしたアラームの音で、涼矢も同時に起きた。
「いつもちゃんと起きてんの。」和樹が着替えたり髭を剃ったりしている間に、涼矢は食パンをトーストして、スクランブルエッグを作る。フライパンに卵を割り入れながら、涼矢は洗面所の和樹に聞いた。
「うん。意外だろ?」
「高校は遅刻魔だったもんな。」
「2年の時は、マジでやばかった。3回遅刻で欠席1日にカウントされるだろ? それで出席日数ギリギリになっちゃって。欠席は1日もなかったのに、危うく進級できないとこだった。補習出たり、春休みに学校周りの掃除やらされたりして、どうにかセーフ。」
「知ってる。」
「ですよね。」
「だって、明らかに遅刻の時間に教室に入るの、見えてた。」2年生の時はクラスは別で、涼矢の教室のちょうど向かい側に和樹の教室があった。
「そんなよそ見しないで、授業に集中しなきゃダメでしょ。」
「おまえが言うな。」
「だよね。けど、今は言うほうの立場なんだよね。塾では。」和樹は笑った。
「あ、そっか。」
和樹は鏡の前での身支度を終えて、テーブルのほうへ移動する。朝食はすでにセッティング済みだ。「どの口が言うんだか、って、我ながら思うよ。」
「この口。」涼矢は座りがてらに和樹にキスした。
「不意打ちだな。」
「おはようのキス、してなかったから。」
「したよ。」
「してないよ。」
「アラーム鳴ってすぐ、ベッド出る前にしたよ。」
「覚えてない。」
「返事してたぞ。おはよっつったら、おはようって。」
「返事したのは覚えてる。その前? 後?」
「たぶん、前。」
「じゃあ寝ぼけてたんだ。するなら、はっきり起きてからしろよ。」
「そんなのいちいち確認してられっかよ。……いただきます。」和樹はトーストを頬張った。
「こうやって倦怠期が……。」
「こねえよ、こんなんで。分かったよ、次からはちゃんと確認してからしますよ。つか、今みたく、好きな時にすりゃいいじゃんか、キスぐらい。」
「違うよ、朝起きた時には、まず。」
「俺の顔が見たいんだろ?」
「そう、それで、キスするまでが一連なの。」
「あっそ、はいはい。」
涼矢はムッとして無言になった。いただきますも言わずにパンをかじり始める。しばしの間、気まずい沈黙の中で食事が進んだ。結局2人とも食べ終わるまで無言だった。
「ごちそうさま。」と和樹が言い、食器を下げる。涼矢の皿も一緒にしてシンクまで運んだ。それらの食器を洗いながら「いつまですねてんの。」と言った。
「すねてない。」
「あっそ。」和樹は食器を洗い終えると、改めて涼矢の前に座った。「あのさぁ、キスしたんだよね、俺は。おまえは寝ぼけてて覚えてないのかもしれないけど。そんなめんどくせぇ態度取るなら、明日からもうしない、なんてことも言ってない。好きな時にしていいって言ってるし、次からはおまえが起きてるの確認するとまで言ってる。それでそういう態度って、良くないと思うよ?」
「分かってるよ。」
「何をだよ。」
「俺の態度が悪いってこと。」
「じゃあ、直せよ。」
「でも、おまえも悪いだろ。あっそ、とか、はいはい、とか。」
「言い方の問題?」
「そう。」
「そんな、」ことぐらいどうだっていいだろう。そう言いたくなるのを、和樹は我慢した。そんなことを言おうものなら、涼矢のことだ、倍にして言い返してくるに違いない。それに、実際、この言い方は良くなかった。「……ごめん。」
「ん。じゃ、俺も、ごめん。」
「仲直りのチューでもする?」和樹は少し唇をすぼめてみせた。
「冗談のつもりでも、おまえがそう言うからにはするからね。」涼矢は身を乗り出して、キスをした。ハハ、まったく……と笑い出す和樹の口を、もう一度塞いだ。朝っぱらにするにしては、濃厚なディープキスが始まった。
「そんなんされたら、俺、大学 行けねえよ。」ようやく身を剥がした涼矢に、和樹は言った。
「それはダメだ。じゃ、ここまでで。」涼矢は笑って言う。
「俺が帰るまで、良い子で待ってろよ。」
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