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第352話 いつか晴れた日に(7)
「な、何の話、それ。」和樹は慌てて彩乃に問いただした。ミスターコンテストは知っている。自分の属する、この学祭運営委員会が企画しているイベントのひとつだ。以前はミスコンをやっていたのだが、女性蔑視だといったクレームがあったとかなかったとかで、数年前からはミスターコンテストに変わっている。内輪受けのこじんまりとしたもので、芸能界やアナウンサー志願者が出場するような華々しいものではない。和樹が把握しているミスターコンテストの情報はそのぐらいだ。
「そんなの出ねえよ、俺。つか、そんな話、誰からも言われてないし。」
「だから今言ってるの。知らないのは都倉くんがサークル来ないせいでしょ。この前の話し合いで決まったの。私、コンテストの担当になったから。」
「嫌だよ、絶対出ない。」
「賞品、なんだっけ。」と渡辺が言った。
「学食ランチ券。何回分になるかは目下交渉中。でも、とにかく優勝すれば、ナベさんだって多少はおこぼれに預かれるぐらいはもらえるはずよ。」
「おっし、出ろ。優勝しろ。」
「馬鹿言うな。」
「でもね、暗黙の了解で、毎回4年生が優勝するらしいのよね。1、2年は単なる賑やかし。」
「余計出たくない。」
「あら、出るからにはやっぱり優勝狙う? いい心意気。もちろん、本気で優勝狙っていいのよ。」
「だから、出ないってば。」
「うちが主催のイベントなんだから、協力してよ。」
「あーあ、今日、来なきゃよかったな。」和樹は不服そうに唇を突き出した。
「何言ってるのよ、今だって都倉くん、サボり過ぎよ。その作業も手が止まってる。」そう言う彩乃は、確かにせっせと作業を進めている。
「あ、俺、今日はもう帰るから。明日も無理。その話をするために寄っただけ。」
「はぁ?」責めるトーンでそんな声を上げたのは渡辺だ。
「ごめん、それはマジごめん。来週から、超頑張るから。」
「分かったわよ、じゃあもう、学園祭までなーんにもしなくていいから、ミスターコンテストには出てよ。出ないんなら今日も明日もちゃんと仕事して。」
「何、その究極の選択。」
「なあ、都倉。」渡辺が肘で和樹をつついてきた。「今日明日無理ってさ、もしかして、彼女、東京 来てんじゃないの?」こういうことだけは妙に勘の良い渡辺だった。
「……まあ、そういうこと。」和樹は下手な言い訳をするより、そのほうが早いと思って、肯定した。
渡辺はやっぱりな、という顔で頷き、彩乃は驚いて目を見開き、手を止めた。渡辺はニヤニヤしながら「マジか。連れてこいよ。」と言った。
「誰が連れてくるかよ。」
「じゃあ、これ終わったら行くよ、おまえんち。」
「ざけんなよ、そんなことしたら絶交。」
「小学生か。」
「ま、そういうわけだから。」
「ふうん。」彩乃は横目で和樹を見た。決して好意的な視線ではない。「遠恋の彼女が来てるから、こっちのことはどうでもいいってわけね?」
「どうでもいいとは言ってない。だから、来週からめっちゃ働くから。何でもお申し付け下さいよ。」
「ミスターコンテストに出て。」
「それ以外で。」
「ダメよ、どっちか選んで。」
「……分かったよ、出るよ。出るだけでいいんだよな? 変な一発芸とかしなくていいよな?」
「自己PRの時間はある。一人5分。一発芸でもいいし、歌ったっていいの。マジックを披露する人も前にいたみたい。」
「そうか。……なんか考えとく。」
彩乃は無言でその場を離れた。先輩と二言三言会話しているのが見えた。その先輩がバッグから何やら紙を取り出す。それを受け取って、彩乃は再び和樹たちの元に戻ってきた。
「じゃあ、ここに、名前と学籍番号書いて。」
「何これ。」
「ミスターコンテストのエントリーシート。」彩乃はご丁寧にボールペンまで用意して、和樹に差し出す。
「もう、逃げられないな。」渡辺が横から口を出して、笑った。
「マジかよ。」ため息交じりにそう呟いて、和樹は名前と学籍番号を記入した。
「彼女が帰った途端に、やっぱり出ないなんて言われたら困るもの。」彩乃は和樹からエントリーシートを回収すると、勝ち誇ったように言った。
「じゃ、今日ももう帰るから。当日までなーんもしないからな。」捨て台詞のように和樹が言う。
「細かいスケジュールは、決まり次第、連絡するわ。」
「はいはい。じゃね。」和樹は逃げ出すように部室から退散した。
帰宅すると、涼矢は和樹のワイシャツにアイロンをかけていた。その手を止め、わざわざ玄関まで来て、「おかえり。」と言った。
「ただいま。アイロン掛け?」
「うん。昨日着てた奴、洗って干して、もう乾いたから、アイロン掛けた。今片付けるとこ。」
「悪いね。」
「良い奥さんでしょ。」
「ホントに。」和樹は涼矢の頬にキスをする。「おまえ、髭、剃った?」
「いや? ここ来てからは剃ってない。」
「それでそのスベスベか。いいな。」和樹は自分の顎を撫でた。
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