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第353話 いつか晴れた日に(8)
「別に自慢にもならない。」涼矢は素っ気なく言った。アイロンを片付け、その次にはキッチンに立って、鍋で湯を沸かす。
「パスタ?」
「パスタ。ソースはもう作ってあるから。」
和樹は鍋の隣のフライパンを覗き込む。ケチャップ色の中に玉ねぎやベーコン、ピーマンが見え隠れしている。「ナポリタン?」
「ナポリタン。好き?」
「好き。」
「やっぱり。」
「おこちゃま舌だからな、どうせ。」
「晩飯はハンバーグにしてやろうか?」からかうように涼矢が言う。
「そしたら、マジで嬉しい。」
「単純。」
和樹は涼矢の肩に腕を回し、耳や頬に軽いキスをした。「ええ、単純ですよ。悪い?」
涼矢も似たようなことをやり返す。「悪くない。」
涼矢はナポリタンを仕上げると、カップスープを添えた。2人でいただきますを言い、食べ始める。
「そういや、夏に来た時のミートソース、食べた?」
「冷凍してあったやつだろ? 食べたよ、おまえが帰った後、割とすぐ。」
「3食分ぐらいはあったと思うけど。」
「うん、そのぐらいあった。でも、面倒だからいっぺんに解凍して、3日連続で。」
「せっかく小分けにしたのに。」
「いいじゃないの、美味しく食べたんだから。」
「今回はそういうの、作ってないよ。」
「うん、いいよ。……涼矢の特技っつったら、やっぱ料理かな。」
「なんだよ、急に。」
「絵も描けるしな。でも、どっちも人前でパーッと披露する芸とは違うもんなあ。」
「何の話。」涼矢はパスタをくるくるとフォークに絡めながら聞いた。
「俺さぁ、ミスコンに出ることになって。学祭の。ミスターコンテスト。」
「へえ。ミスコンって、女子アナになりたい子とかが出るんだろ。ミスターもそういうノリなの?」
「いや、うちの学校、そういうノリじゃないから、地味だよ。賞品だって学食のランチ券程度。」
「そっか。」涼矢の顔が少し緩む。
「何、ホッとした顔してんだよ。」和樹が笑った。
「だって、和樹がそういうのきっかけに俳優デビューでもしたら、どうしようと思って。」
「馬鹿、そんなのねえよ。」
「スカウトされてたし。」
「芸能界には興味ないって言っただろ。それに、出来レースなんだよ。4年が優勝って決まってるんだって。俺は単なる賑やかし要員だよ。……でもさ、それでも全員、5分間、自己PRしなきゃならないらしいんだわ。歌でもマジックでも何でもいいらしいけど、俺、そういう特技も一芸もないから、どうしようかなって。」
「デスメタルでも歌えばいいんじゃないの。」
「5分もデス声出したら、のど潰れちゃうよ。」
「ミヤ……宮脇くんだっけ。彼みたいな人だったら、そういうの得意そうだよな。」
「ああ、いくらでもやりそう。ド派手なファッションショーとかね。」
「その後、彼と何か話した?」
「例のセクマイサークルの件? 直接的には聞いてないけど、学祭でぶちかますってのは、難航してるみたい。こっちの、学祭サークルの幹部がね、そういう活動は、実行委員会の主催のイベントとしてはできないって。やるなら、別団体で登録しなおして、イベント申込みしてほしいって。噂レベルでしか聞いてないけどね。でも、教室でもステージでも、いい場所は早い者勝ちだし、この時期でまだ決まってないなら、ちゃんとしたステージでそれなりの時間もらってアピールするのは無理じゃないかなぁ。」
「協力してほしいって言われてないのか?」
「言われてない。俺、未だに学校じゃオープンにしてないしな。」
「……。」涼矢はあと数口を残して、フォークをいったん置いた。「いっそ、ミヤさんにやってもらえばいいんじゃない?」
「何を?」
「おまえのその、一芸? 5分間、彼にスピーチしてもらう。で、おまえは彼を支持するって最後に言えばいい。別にカミングアウトの必要はない。ストレートでもそういう人たちのことを理解して支援する人はいるわけだから、そういうスタンスでさ。」
「ああ、なるほど。」和樹も食べるのを一時休止して、考え込む。「うん。ミヤちゃんと相談しないと何とも言えないけど、悪くないかもな。どうせ出来レースなんだし、そのほうがよっぽど俺の時間を有効に使えそう。」
「思い付きで言ってるだけだから、責任は取れないけどね。」
「分かってるって。……ミヤちゃんに言ったら、5分じゃ足りない、1時間喋らせろなんて言い出しそう。」
「ああ、あの人なら言いかねないな。」涼矢は残りのパスタを食べた。
「悪い。」和樹のほうは食べるのを一時休止したままだ。
「ん? 何が?」
「……言えなくて。」
「俺とのこと?」
「そう。みんなの前で言うってのは、まだ、ちょっと。」
「俺だって学祭のステージなんかじゃ言えない。」涼矢は空いた食器をシンクに運んだ。「するつもりもない。」
「そうなの?」
「そうだよ。そんなの、知っててもらった方がいい人にだけ言えばいい。俺は合コンとかに誘われるのが面倒だから言った、そんだけ。」
「おまえの、そういうとこの割り切りっぷりは、すげえよな。」
「そうかな。」
和樹も残りのパスタを食べ切って、シンクに置きに行った。食器を置くと、涼矢に背後から抱きついた。
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