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第357話 いつか晴れた日に(12)
「苦しい。」押し付けられたほうの和樹が言った。半分笑って言ってはいるが、涼矢の力が強いのは本当だった。
「あ、ごめん。」涼矢は手を離す。
「離すまでしなくていいのに。なんでおまえは、そうやって0か100なわけ? 極端なんだよ。」
「ごめん。」涼矢は改めてそっと肩に手を置いた。「このぐらいでいい?」
「いいよ、別に。」和樹は苦笑いをした。「器用なんだか不器用なんだか。」
「不器用だよ。おまえみたいに要領よくできない。」
「自分が要領いいなんて思ったことないけどな。要領良いって言い方も、なんだかな。」
「言い方が良くなかった? 和樹は、いろんなことのバランスがいいんだよ。周りを嫌な気持ちにさせない。自分も我慢しすぎない。そういうバランス感覚が優れている、と思う。」
「そうかなあ。」
「そういうとこ、俺は尊敬してるから。」
「しれっと褒めるね。」
「本当のことだし。」
「おまえは、そういうとこ、もっと人に見せればいいのに。」
「そういうとこ?」
「人を褒めるとか。褒められて嫌な気分になる人はいないんだし、そういうこと言ってあげたら、もっと、こう、相手も歩み寄りやすいんじゃない?」
「それは難しいなあ。今のだって、別に和樹を褒めてあげようと思って言ってないし。」
「じゃあ、たとえば、柳瀬を褒めてみろよ。」
「柳瀬を?」涼矢は考え込む。「あいつの褒めるところなんか思い付かねえな。」
「何もなくて幼稚園の時から付き合わないだろ。どっか気に入ってるところ、あるだろ。」
「うーん。……放置してても雑な扱いしても文句言わないところ、かな。」
「それ、褒めてねえよ。」
「ああ、でも、連絡帳、持ってきてくれたな。俺が風邪こじらせて2週間ぐらい入院した時、毎日。」
「いつの話だよ。」
「小学校2年生ぐらい?」
「そういうのじゃなくて。」
「こういう薄情な俺の相手を十年以上してくれてるっていう、心の広さ。」
「まあ、それはそうだけど。俺もそれは激しく同感だわ。」和樹はくすくすと笑う。だが、最後にふと真顔に戻って、「でも、こんなこと言ってるけど、おまえさ、いや、もちろん俺もだけど、あいつには感謝しないと、だよな。」
「あいつに感謝するようなことあったっけ。」
「あるだろうがよ。あいつのおかげだろ、Pランドの時、皆の前で、俺らが付き合ってるって言っても、変な風にならなかったの。あいつが最初に、すげえ普通のことみたく受け流してくれたからだろ。それに、前にも言ったけど、あのすぐ後に俺、柳瀬からおまえのこと大事にしてやってくれって言われたんだからな。おまえが思ってるよりずっと、おまえのこと大事な友達だと思ってる。おまえも少しは大事にしてやれよ。」
「いいんだよ、あいつは。友達っつか、家族みたいなもんなんだから。」
涼矢のその言葉を聞くと、和樹は急に体を涼矢から離して、1人で仰向けに横たわった。「そうですか、家族ですかぁ。」
「何、妬いてんの? 柳瀬に?」
「だって俺はまだ家族じゃないもん。」
「家族みたいなもん、っつったろ。」みたいな、を強調する。
「おんなじだよ。あいつはそれだけ、おまえのこと小っちゃい時から知ってて、その過去はどうやっても、俺には手に入らないものなわけじゃない? すっげえ悔しい、そういうの。」
「お互い様だろ。俺だっておまえの小さい頃のことなんか知らないし。」
「さすがにそこまではストーカーといえども無理か。」
「おまえは俺を何だと思ってんの。」
「恋人。」和樹は涼矢のほうは見ずに即答した。
「家族みたいなもんとそれ、どっちがいい?」
顔だけ横に向けて、涼矢を見た。「今は恋人のほうがいい。」
「今は?」
和樹はわざと素っ気なく言う。「そのうち、家族になるつもりだけど。本物の。」
涼矢はその和樹の頬を親指でそっと触れた。「じゃあ、嫉妬なんかしなくていいだろ。」
和樹が腕を伸ばして、涼矢の首に絡みつく。「そうだな。」
涼矢は、絡みついてきた和樹の腕に唇を押し当て、ついで、体ごと抱き寄せた。「なあ。」
「ん?」
「勃ってる。」
「うん。そうね。」
「俺もだけど。」
「知ってる。当たってる。」
「……しないの?」
「おまえがハンバーグの下ごしらえしなきゃって言うから、仕方ない。」そう言いながら、和樹は涼矢の耳たぶを甘く噛んだ。
「ハンバーグ優先?」
「したいならそう言え。」
「したい。」そう言った時には、涼矢の手は和樹のTシャツの中に入り込み、直接素肌に触れていた。
「どうしよっかな。」
「ズルい。」
「はは、嘘。」和樹は笑いながら涼矢に口づける。「でも、ハンバーグはちゃんと作れよ。」
「どうしよっかな。」
「だめ、作って。」
「俺とハンバーグ、どっちが大事なんだよ。」
「……。」
「悩むんじゃねえよ。」涼矢は身体を半回転させ、和樹に覆いかぶさった。
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