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第359話 いつか晴れた日に(14)

「んめ。」和樹は口いっぱいに頬張った。 「美味そうに食うね。」 「美味いもん。次は黄身つけて食べよっと。」和樹は一口大に切り分けたハンバーグをフォークに指して、黄身をからめた。「いいね、美味いね。」満足気にそう言って笑った口元には、黄身混じりのソースがはみ出ている。  涼矢はふふっと笑って、手を和樹の口元に伸ばした。「ソースついてんぞ。」指先で拭い取り、その指をティシュで拭いた。 「そうじゃないだろ。」和樹は恥ずかしがるどころか、若干尊大な言い方をする。 「は?」 「そういう時はさぁ。」和樹は涼矢の顎に手をやり、キスするように顔を近づけた。ひるんで後ずさろうとする涼矢を、もう片方の手でホールドする。そのまま涼矢の口角あたりを舌先で舐めた。「こうするもんじゃない? 恋人としては。」  涼矢はとっさに自分の手で口元を覆った。「えっ、しないだろ。普通、そんなこと。」 「するよ。」 「見たことない。」 「外じゃやんねえよ。」 「……。」涼矢は少し間を置いてからおずおずと言った。「してた?」 「俺が?」 「2人きりの時には、してたんだ? そうだよな、あーんだってやってたんだもんな。」 「してねえよ。」 「だって普通はするって、今おまえが言った。たった今。」 「いちいちうるさいなあ。したことないってば。ただ俺がしてみたかっただけ。いいだろ、別に、それぐらい。」 「じゃ、じゃあ、そう言えばいいだろ。俺が非常識みたいな言い方しなくたって。」 「ああ言えばすんなり納得するかと思ったんだよ。」 「危うく和樹に騙されるところだった。」 「ちげえだろ、ここは胸キュンするところだろ。」 「なんでだよ。」 「ソースついてんの可愛いからドサクサに紛れてキスしちゃえとか、そういうのしたいとかしてほしいとか、そういうこと言ってんだよ。胸キュンだろうが。でも、そんなん正直に言うのは恥ずかしいだろ、普通に考えて。ああもう、全部説明させんなよ。」 「そんな普通知らねえよ。」 「ああ、そうだったな、おまえ、ヤリたい時は普通にヤリたいって言うもんな。情緒もへったくれもなく。でもさ、こう、もうちょっとニュアンスっつうか。あるでしょ、そういうの。雰囲気ってものが。」 「……和樹の言いたいことは分かった。納得はしてないけど、理解はした。なるべく期待に沿えるよう、努力はする。」 「役人みてえだな。」 「なあ、でも。」 「なんだよ、まだ何か言いたいのか?」 「ヤリたい時にヤリたいって言うの、嫌?」どこかしょんぼりした様子で涼矢が言った。  和樹は面食らった表情を浮かべた後に、声を立てずに笑った。「嫌じゃねえよ。ラクだし、分かりやすいし。」 「キスしたい。」 「あ?」 「今。」 「は。」和樹は笑って、それから目を閉じた。涼矢がその口にそっと口づける。軽いキスだった。「今ので満足?」 「今はこれで満足。続きは、また後で。ハンバーグ冷めるし。」 「ほんっと即物的。」 「努力する。」 「ま、それがおまえだからなあ。」和樹は笑って、ハンバーグの続きを食べた。  食事が済むと、いつも通りに、和樹が皿洗いを始めた。そこから、ベッドでごろごろしている涼矢に和樹が声をかけた。 「明日、何時頃出るの。」 「昼飯食ったら、帰る。」 「1時ぐらい?」 「だな。それなら多少混んでても、夕方には向こうに着ける。休んでた間の課題もあるかもしれないし、確認しないと。」 「急に来ちゃったもんな。」 「……うん。」 「悪かったな。」 「俺だよ。」 「ちゃんと言ってなかったけどさ、嬉しかったよ、あんな風に来てくれたの。でも、もう、あそこまで無理しなくていいから。」 ――無理するよ。和樹を失うぐらいなら、俺はいくらでも無理する。いや、夜中に車を走らせてくるなんて、ちっとも無理じゃない。だって、会いたかった。会って抱きしめたかった。好きだと伝えたかった。抱き返してほしかった。許されたかった。そのためなら、俺は、いくらでも。  涼矢は心の内ではそう思ったが、実際に口にしたのは「ああ。」という無愛想な一言だけだった。うまく伝えられる自信もなかったし、伝わったら伝わったで、重い奴だと疎まれるのが怖かった。  その代わりに、その晩、再び体を重ねた時、涼矢はことのほか優しく和樹を抱いた。それが和樹に「ねちこい」と言わせてしまう原因でもあるのだが、勢いに任せるセックスよりも、言葉で足りない部分を補うようなセックスがしたかった。頭の先から足のつま先まで愛しいのだと分かってほしくて、隅々まで愛撫し、口づけた。  だが、当の和樹は、はなから涼矢の愛情を疑っていたわけでもなく、その執拗なまでの丁寧さに、若干辟易していた。確かにそれは気持ちよく、愛されている実感もあった。だが、一方で、ちょっとした物足りなさもあって、今まで時折見せていた涼矢の激しさを味わいたくもなってきた。そう、たとえば。 ――たとえば。 「涼。」脇腹から腰にかけてキスを繰り返す涼矢に、和樹が言った。柔らかな刺激がずっと続いていて、焦れったい。「やんないの? あの、あれ……。」 「あれ?」 「そこの、それとか、使って。」和樹はズボンのベルトを顎で示した。

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