359 / 1020
第359話 いつか晴れた日に(14)
「んめ。」和樹は口いっぱいに頬張った。
「美味そうに食うね。」
「美味いもん。次は黄身つけて食べよっと。」和樹は一口大に切り分けたハンバーグをフォークに指して、黄身をからめた。「いいね、美味いね。」満足気にそう言って笑った口元には、黄身混じりのソースがはみ出ている。
涼矢はふふっと笑って、手を和樹の口元に伸ばした。「ソースついてんぞ。」指先で拭い取り、その指をティシュで拭いた。
「そうじゃないだろ。」和樹は恥ずかしがるどころか、若干尊大な言い方をする。
「は?」
「そういう時はさぁ。」和樹は涼矢の顎に手をやり、キスするように顔を近づけた。ひるんで後ずさろうとする涼矢を、もう片方の手でホールドする。そのまま涼矢の口角あたりを舌先で舐めた。「こうするもんじゃない? 恋人としては。」
涼矢はとっさに自分の手で口元を覆った。「えっ、しないだろ。普通、そんなこと。」
「するよ。」
「見たことない。」
「外じゃやんねえよ。」
「……。」涼矢は少し間を置いてからおずおずと言った。「してた?」
「俺が?」
「2人きりの時には、してたんだ? そうだよな、あーんだってやってたんだもんな。」
「してねえよ。」
「だって普通はするって、今おまえが言った。たった今。」
「いちいちうるさいなあ。したことないってば。ただ俺がしてみたかっただけ。いいだろ、別に、それぐらい。」
「じゃ、じゃあ、そう言えばいいだろ。俺が非常識みたいな言い方しなくたって。」
「ああ言えばすんなり納得するかと思ったんだよ。」
「危うく和樹に騙されるところだった。」
「ちげえだろ、ここは胸キュンするところだろ。」
「なんでだよ。」
「ソースついてんの可愛いからドサクサに紛れてキスしちゃえとか、そういうのしたいとかしてほしいとか、そういうこと言ってんだよ。胸キュンだろうが。でも、そんなん正直に言うのは恥ずかしいだろ、普通に考えて。ああもう、全部説明させんなよ。」
「そんな普通知らねえよ。」
「ああ、そうだったな、おまえ、ヤリたい時は普通にヤリたいって言うもんな。情緒もへったくれもなく。でもさ、こう、もうちょっとニュアンスっつうか。あるでしょ、そういうの。雰囲気ってものが。」
「……和樹の言いたいことは分かった。納得はしてないけど、理解はした。なるべく期待に沿えるよう、努力はする。」
「役人みてえだな。」
「なあ、でも。」
「なんだよ、まだ何か言いたいのか?」
「ヤリたい時にヤリたいって言うの、嫌?」どこかしょんぼりした様子で涼矢が言った。
和樹は面食らった表情を浮かべた後に、声を立てずに笑った。「嫌じゃねえよ。ラクだし、分かりやすいし。」
「キスしたい。」
「あ?」
「今。」
「は。」和樹は笑って、それから目を閉じた。涼矢がその口にそっと口づける。軽いキスだった。「今ので満足?」
「今はこれで満足。続きは、また後で。ハンバーグ冷めるし。」
「ほんっと即物的。」
「努力する。」
「ま、それがおまえだからなあ。」和樹は笑って、ハンバーグの続きを食べた。
食事が済むと、いつも通りに、和樹が皿洗いを始めた。そこから、ベッドでごろごろしている涼矢に和樹が声をかけた。
「明日、何時頃出るの。」
「昼飯食ったら、帰る。」
「1時ぐらい?」
「だな。それなら多少混んでても、夕方には向こうに着ける。休んでた間の課題もあるかもしれないし、確認しないと。」
「急に来ちゃったもんな。」
「……うん。」
「悪かったな。」
「俺だよ。」
「ちゃんと言ってなかったけどさ、嬉しかったよ、あんな風に来てくれたの。でも、もう、あそこまで無理しなくていいから。」
――無理するよ。和樹を失うぐらいなら、俺はいくらでも無理する。いや、夜中に車を走らせてくるなんて、ちっとも無理じゃない。だって、会いたかった。会って抱きしめたかった。好きだと伝えたかった。抱き返してほしかった。許されたかった。そのためなら、俺は、いくらでも。
涼矢は心の内ではそう思ったが、実際に口にしたのは「ああ。」という無愛想な一言だけだった。うまく伝えられる自信もなかったし、伝わったら伝わったで、重い奴だと疎まれるのが怖かった。
その代わりに、その晩、再び体を重ねた時、涼矢はことのほか優しく和樹を抱いた。それが和樹に「ねちこい」と言わせてしまう原因でもあるのだが、勢いに任せるセックスよりも、言葉で足りない部分を補うようなセックスがしたかった。頭の先から足のつま先まで愛しいのだと分かってほしくて、隅々まで愛撫し、口づけた。
だが、当の和樹は、はなから涼矢の愛情を疑っていたわけでもなく、その執拗なまでの丁寧さに、若干辟易していた。確かにそれは気持ちよく、愛されている実感もあった。だが、一方で、ちょっとした物足りなさもあって、今まで時折見せていた涼矢の激しさを味わいたくもなってきた。そう、たとえば。
――たとえば。
「涼。」脇腹から腰にかけてキスを繰り返す涼矢に、和樹が言った。柔らかな刺激がずっと続いていて、焦れったい。「やんないの? あの、あれ……。」
「あれ?」
「そこの、それとか、使って。」和樹はズボンのベルトを顎で示した。
ともだちにシェアしよう!