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第363話 いつか晴れた日に(18)

「おまえも抱っこすれば?」 「いや、いいです。」 「なんで?」 「あまり、得意じゃない。」 「そうなの? 動物全般?」 「見るのはいいけど、触ったりするのは慣れてないし、ちょっと怖い。」 「そうなんだ。」和樹はそっと優しくモルモットを撫でている。白と茶の斑の模様だ。 「佐江子さん、動物の毛のアレルギーがあって、動物園も学校の遠足でしか行ったことなかった。だから、夏に和樹と来たのが人生3回目ぐらいの動物園体験。」 「そっか。うちはマンションだから無理だけど、おまえんち一軒家だし、犬ぐらい飼えばいいのにって思ってた。」和樹は身体の向きを少し涼矢向きにずらして、モルモットの背中を見せた。「この子、おとなしいよ。背中撫でるぐらい、してみたら? こう、毛並みに沿う感じで、そっと。」和樹は手本を見せた。  涼矢は恐々手を伸ばし、和樹の真似をして撫でた。「あったかいな。」 「うん。」 「可愛い。」 「だろ。」和樹は嬉しそうに笑う。 「でも、和樹のほうが可愛い。」 「……。」和樹はモルモットから涼矢に視線を移す。「なんて?」 「あ、つい声に出てた。」涼矢はモルモットを撫でる手を引っ込めた。 「モルモットと比べるな。モルちゃんに失礼だろ。」 「そっち?」 「この子たちはさぁ、こんな風に人間に撫でられたくて生まれてきたわけじゃないのに、可愛くておとなしいからってんで、こんなことになってる。ありがたいだろ。」和樹はモルモットを抱き上げて、元の箱にそっと戻した。「さて、行くか。」 「もういいの?」 「疲れちゃうだろ、モルちゃんが。」 「そっちか。」 「知らない男に撫でくりまわされりゃストレスだろ。」  2人はコーナー外の水道で手を洗う。モルモットに触れた後にはそうするようにと注意書きが貼られていた。 「おまえもストレスなの?」 「何が。」 「俺に撫でくりまわされるの。」  和樹は水道から流れる水を手で払って、涼矢に掛けた。「おまえ、馬鹿なの?」  涼矢は笑いながら顔に跳ねた水をシャツの袖口で拭った。2人ともハンカチを持っておらず、手を振って水気を飛ばした。  その後は一通りの動物を見たら、ちょうど昼時だ。 「店、どこも混んでるだろうし、ここで何か食って済ませるか。」和樹はカフェらしき施設を遠目に見ながら言う。断る理由もなく、涼矢はそれに賛同する。テイクアウト用の容器に入ったカレーライスとハヤシライスをそれぞれ買って、その近くにある屋外テーブルの席に着いた。 「おまえ、嫌じゃないの?」ハヤシライスを食べながら、涼矢が言った。 「何が。カレー?」 「違うよ、こんなとこで、俺と2人で飯食うの。」 「なんで?」 「大学の知り合いに見られるかもとか。知り合いじゃなくても、単純に、男2人でいたら変に思われる。」  和樹は周りの客を見回した。家族連れかカップルか小中学生ぐらいのこどもグループ。若い男2人という組み合わせはいない。 「確かになあ。でも、いいんじゃない。変だと思われても、別に何かされるわけじゃないし。おまえは嫌なの?」 「俺は全然。」 「だったらいいよ。いかにもデートらしくて、いいじゃないっすか。」和樹は笑った。  デート。デートか。涼矢は心の中でその言葉を反芻した。こんな快晴の日に、人目も気にしないで、和樹と2人で動物園をのんびり楽しむ、デート。無意識に口元が緩んだ。近くを同世代のカップルが通り過ぎていく。その手はつながれていた。あんな風に手をつなぐことまではできないけど、充分だ。和樹がこれをデートと呼んで、楽しんでいてくれるなら、充分だ。  食べ終わった容器は和樹が涼矢の分までまとめて捨てに行った。戻ってきた時には、お茶のペットボトルを2本、携えていた。「はいよ」と涼矢に1本渡す。椅子に座らず、和樹はその場で立ったまま飲み始めた。涼矢も一口二口飲む。温かいお茶で、手も温まる。 「そろそろ行きますかね。」和樹がそう言い、涼矢が椅子から立ち上がろうとすると、和樹が手が差し伸べてきた。 「はい?」 「お手をどうぞ。」 「え。」涼矢は戸惑いながら、和樹の手に自分の手を載せた。和樹はその手をつかんで、歩き出す。「ちょ、ちょっと和樹さん。」 「デートだし。」余裕のある口調でそう言いつつも和樹の耳は赤くなっていて、いつもより早足だ。涼矢は引きずられるようにして歩く。通りすがりの何人かが振り返って2人を見た。和樹も涼矢もそれに気付いたが、和樹は手を離さなかったし、涼矢も振りほどかなかった。  園から出ても手をつないだまま2人で歩き、車のところまで来て、和樹はようやく手を離した。それで初めて自分の手に力が入っていたことを知る。「ごめ、ちょっと強く握り過ぎた。」 「いや。」涼矢は握られていた左手を、大事そうにそっと右手でさすりながら、しばらく茫然と立っていた。 「乗らないの?」和樹が促して、涼矢はハッと我に返った。 「おまえ、どうすんの。やっぱアパートまで戻ろうか?」 「いいよ、このまま行くんだろ。俺は電車で帰る。」 「そう。……ん、じゃ。」涼矢は車に乗り込んだ。運転席の窓を開ける。 「年末のことは、また連絡するから。」もう一度念押しするように和樹が言った。 「うん。」 「またな。」 「うん。」涼矢が窓から片手を出した。和樹はその手の甲を撫でてから、改めて握手した。 「気を付けて。」 「うん。」 「うんしか言わねえのな。」和樹が笑った。 「ああ……うん。」涼矢は苦笑して、少し考える。「和樹も、頑張って。いろいろと。ミスコンとか。」 「いろいろ頑張るけど、それは頑張らねえよ。」和樹は笑った。そして、手を離す。 「じゃあ、また。」 「ああ。」和樹が一歩後退すると、車が動き出した。いったん動き出した車が見えなくなるのは、あっという間だった。

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