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第364話 君と見る夢(1)

 淋しい。和樹はその帰り道からそう思った。けれど、夏の時ほどではない。いくら淋しくても、その淋しさに慣れることはできるのだ。次の約束があれば尚更。そんなことを考えながら、1人で電車に乗った。  その次の日からは、まったくもって平常だった。塾には久家も小嶋も戻ってきた。渡辺は彩乃と予定通りライブに行ったらしいが、特別な進展はないようだ。その彩乃からは顔を合わせるたびにミスコンのことを念押しされた。「自己PRで何をやるか、決めた?」彩乃にそう言われて、宮脇に相談しなければならないことを思い出した。とはいえその宮脇も何かと忙しそうでつかまらない。お互い時間を作って会えることになったのは、涼矢が帰ってから10日も過ぎて、学園祭本番が迫っている11月のことだった。  待ち合わせは例の喫茶店を指定した。学食や大学近くのカフェでは誰の耳に入るか分からないから、警戒してそこにしたのだった。 「トックンからの呼び出しだなんて、珍しい。」 「悪いね、忙しいのに。」 「忙しい割に、収穫はないんだけどね。結局3号館の教室しか押さえられなかったし、あそこじゃ展示だけになっちゃいそう。」3号館はキャンパスでも奥まったところにあって、呼び込みをしてもなかなか人が集まらないことは目に見えていた。 「そう、それで、その話なんだけど。」そこでマスターが来たので和樹は話を中断して、注文をした。マスターは連れが涼矢でないことに当然気付いただろうが、そこは表情を変えることもなく、いつもどおりの接客態度を崩さない。マスターがその場を離れたところで、和樹は続けた。「俺、ミスターコンテストに出ることになっちゃって。」 「聞いた聞いた。優勝候補だって?」 「それはないだろ。暗黙の了解で4年が勝つらしいし、そもそも俺なんか、単なる頭数合わせだよ。」 「またまたご謙遜を。」 「まあ、それはどうでもいいんだけど、要はその時に自己PRの時間が5分ある。歌でも踊りでもなんでもいいんだけど、その時間をね、ミヤちゃん、スピーチしないかなって。」 「僕が?」 「そう、その、ミヤちゃんがやってる活動のこと。」 「だって、それは。」  マスターが和樹の注文したブレンドと、宮脇が注文したケーキセットを持ってきて、話はまた一時中断した。「うわぁ、美味しそう。」宮脇は体をくねらせて喜んだ。 「これ、マスターの奥さんの手作りのケーキ。」和樹が説明すると、宮脇はマスターを尊敬の眼差しで見上げた。マスターはにっこり微笑んで「ごゆっくり」と一言言い、去っていく。 「マスター、格好いいね、渋くて。」宮脇はうっとりとマスターの後ろ姿を見た。「でもねえ、良い男にはやっぱりちゃんと良い奥さんがいたりするもんなんだよね。」宮脇が選んだのはチーズケーキだ。一口頬張ると「うーん、美味しい。こりゃ良い奥さんだ。」とまた体をくねらせた。「そう言えば、サッキー、元気? 彼も料理得意よね。」 「サッキー……。ああ、涼矢? 元気だよ。」 「会ったのはあれっきり? 夏にこっち来た時。」 「いや、そんなこともないけど。」 「なあんだ、ちゃっかり会ったりしてんだ。」 「そうだよ。」和樹は笑った。 「まあ、そうよね。みんなに言ったら、面倒だもんね。」 「うん。」 「分かるよ、それは。……それで、何? なんでトックンの自己PRタイムに、僕が?」 「俺、別にアピールしたいことがあるわけじゃないし、優勝狙ってるんでもないし、上手くもない歌でお茶を濁すぐらいなら、ミヤちゃんが何かしゃべったほうが有意義だと思ってさ。俺の応援してる活動について話をしてもらいますって紹介するから、そこで。」 「でも、トックンはカミングアウトする気はないんでしょ?」 「うん、まあ。今のところは。だからさ、すげえ勝手で悪いんだけど、俺はミヤちゃんたちの考え方を支持するってだけで、俺自身がそういう……。」  口籠る和樹を、宮脇がフォローした。「ゲイ当事者だということは伏せて、あくまでも単なる活動の理解者であり、支援者だというスタンスで行きたいわけね。」 「うん。」和樹は気まずそうにコーヒーを啜る。「それに、今、そう言われて思ったけど、当事者って気もしてないから、実際。」 「自分は同性とつきあっている、でも、ゲイじゃないって?」  和樹は頷く。「今まで付き合ってきたのは女の子だったし、今でも、そういう意味でいいなって思うのは、女性なんだよね。俺をミヤちゃんとたちと一緒にすんなって言いたいわけじゃないよ? けど、同じかって言われたら、違うと思う。」 「ああ、言いたいことは分かる。僕たちが言ってるのも、まさにそういうことなの。男が女を好きになるのは普通で、そして、男で男を好きになるのもそれとまったく同じように普通。『同じ人間だから分かり合おう』じゃなくてね、逆。僕たちはひとりひとり違う人間だから、違うってことを認め合おうよって言いたいわけ。」 「そういう話をみんなの前でしてほしいんだ。どう?」

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