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第366話 君と見る夢(3)
「謝らなくてもいいけど。でも、そうやってみんな、知らず知らずのうちに型に嵌めちゃうでしょう? 型って大事ではあるの、それで守られてきたものもきっとあるから。伝統芸能だって、素敵なお洋服だって、基本の型があるから素晴らしいんだもんね。でも、人の気持ちを型に嵌めると、苦しくなることもあって、時に命にも関わるわけ。僕は、そういう型は要らないと思う。型のせいで苦しんでる人には、そんな型は壊しちゃえって言いたいの。」
命にも関わる、のくだりを聞いて、和樹は涼矢の初恋の人を思い出した。彼の相手がミヤちゃんのような人なら。せめてミヤちゃんみたいな仲間が近くにいたら、あんな結果にはならなかったはずだ。
「ミヤちゃんは、人の命まで助けられるんだな。」和樹は呟いた。
「えっ?」
「そういう人の話、聞いたことある。型に嵌められて、苦しんで、その人は結局壊すことができなくて。」
「そうなんだ? うん、僕にもいるの。今の活動、そういう人のためにっていうのは、もちろんすごく大きなモチベーションにはなってる。でも、弔い合戦やってるつもりはないの。もっとこう、ね、みんながハッピーになればいいなってこと。」
「うん。」和樹は残りのコーヒーを飲み干した。「今日は良かった、ちゃんと話できて。正直言うとさ、俺、本当に単純に、人前で一芸やったりするの嫌で、だったらミヤちゃんにしゃべらせれば一石二鳥だぐらいの、軽い気持ちでお願いしようとしてた。でも、今、話聞いてて、マジで応援したくなったよ。涼矢のことはまだあまり人には言いたくないし、ミヤちゃんからしたらすげえ半端な感じになっちゃうけど。」
「いいの、トックンが応援してるって言ってくれたら百人力だわ。サポーターも増えるわ、きっと。」宮脇の言葉づかいが女性寄りになる。和樹はそれをからかいそうになって、思いとどまった。"そんなことは関係ない"のだ。「ああ、このケーキ、本当に美味しい。今度彼女連れて来よう。」
「ブラウニーとキャロットケーキが人気だって。」
「そうなんだあ。次はそれ食べるわ。でも僕、人参苦手だからブラウニーかな。」
「ここのキャロットケーキ、人参臭くないよ、スパイスが結構効いてて。えっと、シナモンが。」涼矢が言ってたコメントを思い出しながら言った。
「サッキーがそう言ってた?」宮脇はティーカップを口にしながら上目遣いで和樹を見た。
「へっ?」
「だっていかにも受け売りなんだもん。」
「バレた?」和樹は照れて笑った。
「ここにも一緒に来たことあるのね、彼。」
「うん、あいつもこの店、好きなんだ。マスターとも話が合って。あ、涼矢、コーヒーにすごくこだわりがあって、マスターにいろいろお勧めの豆を聞いたりしてさ、可愛がられてんの。」
「ふうん。」宮脇はニヤニヤと和樹を見る。
「何、その顔。」
「自慢の彼氏なんだなあって思ってね。嬉しそうだもの、サッキーの話する時。」
和樹は空咳をして照れた。「そんなことない、よ。」
「そんなことあるくせに。」
「もう、あいつのことはいいから。」
「トックンたら可愛い。」宮脇は楽しそうに手を打って笑った。「とにかく、ミスコンの件は分かった。迷惑にならない程度にしゃべらせてもらう。」
「うん、よろしく。」
宮脇と別れてから、和樹は図書館に赴き、借りていた本を返し、また何冊か借りてきた。直近の大きな賞の受賞作はどれも貸し出し中で、何年か前の受賞作を借りた。それとバイト先の子のための本も数冊借りる。今回は識字障害に関する本だ。塾に一人、漢字の書き取りがひどく苦手な小学生の生徒がいる。そういった障害については久家が詳しいようで、彼に指導する上の留意点は聞いているが、もっと詳しく知りたいと思っていた。だが、久家は小嶋や早坂と同様、高校受験を控えた中3生を受け持っており、ただでさえ忙しそうだ。和樹から願い出て、そのための時間を取ってもらうことは憚られた。
――私たち3人が一番大事にしているのは、ここのこどもたちですからね。
小嶋の母親の葬儀の時、早坂はそう言っていた。それは本心なのだと、和樹は日を追うごとに理解を強めていた。彼ら3人は和樹がバイトを終えた後も遅くまで残っているらしい。土日は模試や特別講習が毎週組まれているが、ほぼその全てにも関わっている。場合によっては時間外にも教えている。保護者の要望があれば深夜早朝にだって時間を作っている様子だし、逆にこどもからの相談にも乗っているところを時折見かける。彼らは正社員であり、経営側の人間でもあるのだから、それが仕事だと言ってしまえばそうなのだが、そんな義務感だけでできることではないと思う。少なくとも自分が通ったことのある塾や予備校では、そこまで親身になってくれた先生にめぐりあったことはない。
それを伝えてみたこともある。和樹も模試のある日曜日等には臨時でシフトに入ることがあるのだが、その時だ。相手は小嶋だった。急遽、生徒から個人的な相談を受けることになったから、悪いが後片付けは和樹に任せると言われ、承諾しながら、言った。
「進路相談ですか?」
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