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第372話 君と見る夢(9)

 ただ、涼矢の熱い息遣いだけは、今もすぐ耳元に息を吹きかけられているように、鮮やかに思い出せた。  毎日してる。1回じゃ収まらない時もある。――そんな涼矢の告白なら覚えている。猿じゃないかと揶揄したものの、今の自分がそれをからかう立場にないと思い知る。和樹は、秘かに残数チェックをされていたコンドームの箱に、再び手を伸ばした。  いよいよ学園祭当日。「ミスターコンテストに出場するなら、他の仕事は一切しなくていい」という彩乃の言葉を都合よく真に受けたふりをして、和樹は本当に何もしないままこの日を迎えた。段取りすらもろくに理解しないうちに、コンテスト出場者の待合室に連れて行かれて、慌てて宮脇もそこに呼んだ。唯一準備らしいことをしたと言えるのは、宮脇のスピーチの原稿チェックだけだ。だが、それはそれでそれなりに難儀を極めた。  原稿は当初は相当過激な内容に触れていた。それでも宮脇としては穏やかにしたと主張したが、和樹の目から見ても、それは性急すぎて逆効果ではないかと思われた。何故なら学則の変更など学校運営に関わることまで踏み込んでいたし、スピーチ以外のパフォーマンスとしてコンドームの配布といったことも盛り込まれていたからだ。だが、それを直接指摘するのも気が引けて、和樹はそれを渡辺に見せて感想を聞いた。渡辺がそれを学年リーダーの鈴木に見せた。鈴木も自己判断を避けて、結局はサークル長のところにまで至った。ミスコン担当の彩乃を通さなかったのは、彼女が女性だったからにほかならない。宮脇はそれすらも差別的であり屈辱だと言い出したが、その時にはもう和樹一人の問題ではなくなってしまっていて、和樹も彩乃もその場に同席はしたものの、実質宮脇とサークル長との話し合いとなった。結果として、和樹の持ち時間に宮脇がスピーチをすることは許可されたが、話す内容からいくつかの項目は削られることとなった。 「まったく、あいつが修正した原稿、全然だめ。ぼんやりして、何が言いたいか全然伝わらない。」と、その話し合いの後、宮脇は和樹相手に憤慨した。 「ごめん、ミヤちゃん。」 「……うん、まあ、もともと僕のための時間じゃないから仕方ないけどね。当然トックンのせいでもないし。」 「ミヤちゃんの意見さ、すごく分かるんだけど、でも、やっぱ、もう少し時間かけないと無理だと思うよ。今、いきなりあそこまでつっこんだ話したら、聞いてる人はびっくりして、引いちゃうだけだよ。考えたこともないって人が大半なんだからさ。」 「だからこそ。びっくりしてる時が一番魂が揺さぶれるんだから。」 「分かる、けど……。」 「ごめんね、本当は僕だって分かってる。今更どうしようもないことも。腑抜けた話しかできないとしても、それさえ出来ないところだったんだから、ありがたがらなきゃならないこともね。ただムシャクシャしてんの。」 「思ったより、力になれなくて。」 「そんなことない。最初から、なんでもかんでも上手く行くって思い込んでた自分が悪いの。彼女にもいつも怒られるんだ、僕のそういうところ。僕、思い付きで行動しちゃうところ、あるからね。」 「でも、すごいよ。俺だったら、思い付かないし、思い付いても、面倒くさくて結局やらない。」 「そうかな。今回だってトックンから声かけてくれたじゃない? 僕の活動なんか、いくらでも見て見ぬふりできる、面倒くさいことの筆頭だと思うけど。」 「それは。」キャンパス内を歩きながら話していたので、和樹は声のトーンを下げた。「涼矢が。」 「サッキーが?」 「俺、一芸なんかないし、どうしようって言ったら、ミヤちゃんに頼んでみたらって。言われるまで、俺は思い付きもしなかった。」 「サッキー、僕のこと忘れたわけじゃないんだ。」 「忘れるわけないでしょ。」和樹は笑った。「あいつ、人の名前とか顔とか覚えるのが苦手なんだけど、さすがにミヤちゃんは強烈だからね。」 「見た目のこと言ってるよね、それって。」今日の宮脇は、ピンクのスカーフを巻いている。 「見た目も中身もだろ。」 「インパクトは大事だからね。選挙だって、嫌がられると分かってたって、結局最後のお願いは名前の連呼でしょ。理解より何より、まずはこういう人間がいるってことを知ってもらって、覚えてもらわないと。」  宮脇がそう言って笑うのを見た時、涼矢が彼のことを「和樹が思ってるより、ずっと大人だ」と評していたことを思い出した。  そうして迎えた学園祭当日。ミスコンは2日目の今日のメインイベントと言えた。中庭に設けられたステージに上がらされ、そこから見渡すとぎっしりと人が集まっていた。塾で人前に立つのも慣れたと思っていたが、人数も桁違いだし、こどもとはまったく違う圧力があり、和樹はすっかり緊張してしまった。  あとのことはよく覚えていない。司会進行の彩乃の指示に従って、前に出て名前を言ったり、ブラックボックスの中に手を入れろと言われて反応を笑われたり、クイズをやらされたりした。  最後が自己PRの時間だ。和樹の前の3人が終わり、いよいよ順番が回ってきた。

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