375 / 1020
第375話 君と見る夢(12)
「ひっどい、違うわよ、私が先に謝ったから笑って許してくれたのよ。」彩乃は隣の鈴木の肩を叩いた。
「はいはい、そうだね、彩乃が気を利かせてくれたおかげだね。」
「またそんな言い方して!」彩乃がすねたように頬を膨らませた。その頬を鈴木がつついて、また笑った。
鈴木と彩乃の間に流れる空気が、以前とは違うことに気付いたのは、和樹だけではなかった。渡辺がおずおずと鈴木に向かって言った。
「なあ、おまえらって、その……。」
「つきあってるわよ。」答えたのは彩乃だ。
「マジで! いつから?」
「いつって、この1ヶ月ぐらいかな。一緒に準備してるうちに、なんとなく、ねえ?」彩乃が鈴木を上目遣いで見た。
「ええー。この間、俺とライブ行ってくれたじゃん。」渡辺が言う。
「行ったわね、あのバンドのチケット、なかなか取れないし。楽しかったわね。」
「そうだ、確かその日、俺、熱出してぶっ倒れてさあ。」鈴木が言った。
「そうそう、それでライヴのアンコール聴かないで、鈴木くんちに行ったんだよね。」
「彩乃ちゃん、急用ができたって、先帰ったね、そう言えば……。」渡辺は複雑な表情を浮かべた。「でも、鈴木んちって、柏だろ? つか、自宅だろ? 彩乃ちゃん、そこまで行ったの?」
「いや、俺、今だけ一人暮らししてるんだ。学祭の準備で忙しくなって参ってた時に、ちょうど長期出張の親戚がいたんで、年末までそこに住まわせてもらうことになって。都倉は泊めてくれないって言うしさ。」鈴木がチラリと和樹を見た。
「ああ、そうね。こいつは彼女しか泊めねえもんな。」渡辺が和樹を睨む。睨まれる筋合いはないと思うが、渡辺にしてみれば自分以外の3人は全員敵に見えるといった心情なのだろう。
「そんなことも言ってたわね。それも、ひと月ぐらい前だったっけ? 彼女が来てるからサークルの仕事できないなんて、ねえ?」と彩乃までニヤニヤしだした。
「そっ、彼女しか泊める気ないの、俺。」和樹は開き直った。
「ちゃんとコンドーム使ってるぅ?」からかう口調で渡辺が言った。
「女の子がいる前でそういうこと言うなって。」
「女の子も聞いてほしいって、ミヤちゃんも言ってたじゃん。」
「それとはこれとは違うんだよ。デリカシーの問題。」
「はあ、デリカシーね。都倉先生はすごいね、やっぱ。」
「おまえ一生童貞だな。」そう言ったのは鈴木だ。
「都倉先生、今の、鈴木の、あれはデリカシーなくないですか? ダメだよね?」
「うん、ちょっと配慮が足らないよね。事実を言えばいいってもんじゃないからね。」和樹は笑いをこらえながら言った。
「事実! 俺が一生童貞だって、事実なの? ひどくね?」
「違うなら否定してもいいぞ。とりあえず今現在違うなら、もう、それは事実じゃないわけだ。そしたら、俺も事実に反したことを言って申し訳ないって謝る。」鈴木が言う。
「ああ、もう、おまえら、うぜっ。どうせチェリーですよ。」
「あんたたち、最悪。」と彩乃がため息をついた。
「そう言えば舞子ちゃんは?」と和樹が言った。
「舞子はテニスサークルのほうで集まってるんだと思うわ。」
「兼部してんだっけ。」と渡辺。
「そう。舞子もそっちの先輩とつきあいだしたっぽいわよ。」
「えええ、マジかよ。」渡辺は打ちひしがれた様子で、テーブルにつっぷした。
「あれ、なんか友達のお兄さんがどうのとか言ってなかった?」和樹はバーベキューの車の中での会話を思い出していた。
「ああ、あれね。1回ぐらいデートしたみたいだけど、それだけね。舞子、結構野心家だから。」
「野心家?」渡辺がテーブルに頬を当てたまま言う。
「うーん。なんていうのかなぁ。割と相手のスペックを気にするタイプ? その、1回だけデートの人は、高卒のフリーターだったから、無理っていうか。今つきあってる先輩は、実家が結構大きな会社経営してて、そこの次男らしいから、舞子のお眼鏡にもかなったのね。……ちょっとこれ、私が言ったって言わないでよ?」
「スペックね。じゃあ、俺、舞子ちゃんもだめだったんだな。スタートラインにも立ってねえや。」
「だいたい、彩乃ちゃんでも舞子ちゃんでもどっちでもいい、なんて言ってる時点でダメだっつの。」そう言ったのは和樹ではなく鈴木だ。和樹は鈴木もそれを知っていることに驚いたが、よく考えれば渡辺の軽薄さなら不思議なことでもない。
「え、私も関係してるの?」
「気がついてたくせにぃ。じゃなきゃ、どうして定価の倍かけてチケット買ったと思ってんの。」渡辺はハア、と大きなため息をついた。
「嫌だ、転売チケットだったの、あれ? だったら私、行かなかったのに。本当にあのバンドのファンだから、そういうの許せないのよね。」
「渡辺、もうしゃべるな。しゃべればしゃべるほどドツボだ。」和樹は呆れた顔で渡辺を見た。
「サイアク。」渡辺は口を尖らせてそんなことを言った。
ともだちにシェアしよう!