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第382話 君と見る夢(19)

「はあ。」和樹は安堵の息を吐く。 ――今の、呆れかえったため息、じゃないよな? 「違うよ、ホッとしたの。この話するのに、すげえ緊張してたの、俺は。」 ――それはとってもよく伝わってた。 「おまえ、本当に。」 ――うん? 「なんつか、そこまで俺が好きか? なんて言ったら上から目線みたくなっちゃうけど、そうじゃなくて。」 ――好きだよ。すごく好きだよ。最初から好きだったし、今はもっと好き。 「すげえな。熱烈だな。」和樹はつい笑う。 ――それこそ、今更だろ。 「確かに……おまえ、ずっとそうだもんな。」 ――うん。 「まあ、俺も、そうだ。」 ――そう? 和樹は、変わったよ、いろいろ。 「そこじゃなくて、だから、俺も、最初から、とまでは言えないかもだけど、前から好きだし、今はもっと、その、好き、だ。」 ――そう言うなら、俺も、ちょっとは変わったかな。そういうこと言われても、前は話半分に聞いてたけど、今はちゃんと、素直に受け止めるようになりました。 「話半分だったのかよ。あと、口調が変だぞ。」和樹は笑う。 ――期待して、後でがっかりするのは、嫌だったんですよ。マイノリティゆえの防衛本能ですよ。 「今は、素直に。」 ――そう。 「俺を信用できるようになった?」 ――信用はしてたよ。でも、そのうち気が変わるだろうからあまり期待しないでおこうって、保険かけてた。 「なるほどね。」 ――めんどくさい奴だろ。 「それは俺も知ってる。んで、もう慣れた。」 ――慣れてくれてありがとう。  涼矢も笑う。 「26日、帰るから、おまえんちのほうに。」ほぐれた空気の中で、和樹が言い出した。 ――うちはいいけど、いいのかよ、まず自分ち帰らなくて。 「実家には次の日に行くって。そんで4日かな、東京に戻る。」 ――分かった。  最後にそんなやりとりをして、電話を切った。  涼矢はスマホをしばらく握りしめていた。  よかった。  ……よかった。  握りしめたまま、その場にしゃがみこんだ。しゃがみこんで初めて、座りもせず、立ち話でもなく、ずっと部屋をぐるぐると周回しながら、和樹と会話していたことに気づく。  予想していなかった。和樹が言いにくそうにしていたこと。1ヶ月以内には話すからと言われて以降、1日1日が長かった。別れ話じゃないとは言われていたけれど、不安で仕方なかった。留学でもすることになって、今より更に遠くに行ってしまうのだろうか。親や友達に自分とのことがバレて、別れないと大学に通いづらいような状況に陥ってるのか。いろんなストーリーを考えた。  だから、「よかった」と思った。HIV検査を受けた。それを「なんだ、そんなこと」と思ったのは本心だ。そんなこと、何の障害でもない。しかも、陰性だったなら何の問題もない。朗報と言っていいぐらいだ。  涼矢は立ち上がり、ベッドに腰掛けた。それから、最後に交わした何気ない会話を反芻した。無意識なのだろうが、和樹は、涼矢の家に「帰る」と言い、実家に「行く」と言い、東京に「戻る」と言っていた。「帰る」先は俺の家。それがなんだか嬉しくてならない。それと同時に、「戻る」先が東京になっていることにも、感慨を覚える。――おまえは、東京(そこ)に自分の居場所を見つけようと、がんばってるんだな。  薄氷の上を歩くような不安でいっぱいだった1週間が過ぎ、涼矢への報告も(つつが)なく終えると、和樹はすぐに平常心を取り戻した。それもまた、塾でのアルバイトのおかげだった。特に小学生のざわめきが心を癒した。12月に入ってから、彼らの話題として度々持ち上がるのはクリスマスのことだった。と言っても、無論、ディナーの予約のことなどではない。まずは「サンタに何をリクエストするか」だ。塾には小4クラスからあるが、そのあたりではサンタクロースを信じる派と信じない派が半々で、小6ではほぼ全員が信じない派に宗旨変えをするらしいことを和樹は知った。信じないからと言ってプレゼントが要らないわけではないから、信じているふりをして、サンタさんにこれもらいたいなあと、わざと親の近くでアピールするんだ、などと言う子もいる。さながら年に一度の心理戦だ。  こどもたちと触れ合っていると、自然と心がほぐれてくる。「都倉先生は何が欲しい?」と聞かれると、「そうだなあ、コタツが欲しいなあ。部屋に入るぐらいの、小さめの。」と答えて、「何それ、全然クリスマスっぽくなーい!!」と笑われる。そういった会話が何よりの癒しだ。  そんなある日、授業の準備をしていた時に、誰かが入ってきた。「こんにちは。」小6の明生だ。 「お、明生。こんにちは。」いったんは普通にそう答え、ハッと気づいて、もう一度明生を見た。「今日、月曜日だよな?」明生は月曜クラスではないはずだった。 「自習しに来ました。」明生はぐるぐる巻きのマフラーを外しながら、そう言った。外は寒いのか、頬が真っ赤だ。

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