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第385話 Sweet Dreams(3)
実際にクリスマスパーティーが始まると、皿とグラスの補充だけしていればいいとは行かなかった。大皿に盛り付けられた料理の補充もしたし、そんなことをしていれば客から「これはどんな料理?」「甲殻類のアレルギーなんだけど、エビやカニが使われているのはどれ?」などと聞かれる。お客にそう聞かれて、料理のことは管轄外とつっぱねることもできず、その度にシェフに尋ねては頭に叩き込まねばならなかった。その他にも、コートや大きな荷物を預かったらタグをつける作業も必要だったし、トイレの清掃状況もたびたびチェックした。食洗機に入れられない繊細なグラスを洗うのも手伝った。哲はもっと忙しそうで、すれ違いざまに「タグはそこ」「グラス」とか呟くだけだ。トイレに至ってはその単語を客に聞かせないようにか、「チェック」と言うだけだ。最初は会計をしろと言われたかと勘違いして「レジは分からない」と答えてしまった。「ペーパーがちゃんとあるか見て、OKなら壁の紙にサインして」と言い直してもらって、やっと理解した。
だが、一番厄介だったのは、「とにかく話しかけてくる女性客の相手」だ。
「あら、新しいバイトくん? 名前なんていうの?」これぐらいは序の口だ。「哲ちゃんの友達? 学生さん? どこの大学?」と質問攻めにしてきたり、「次は何飲もうかしら、きみのお勧めにするわ。私に似合うカクテルをちょうだい」などとしなを作ってみせたり、いくら今日と明日だけのヘルプ要員だと説明しても、しつこく次に店に来る日や、連絡先を聞き出そうとしたり。そんな女性客は何人もいた。
涼矢がうまくさばけないでいると、アリスや哲がそれとなく割って入ってくれたので事なきを得たが、パーティーも終盤の頃には涼矢はくたくたになっていた。
だから、事前にそんな話を一切聞かされていなかったにせよ、ビンゴゲームをやるから、お客にカードを配れと言われた時には、逆にホッとしたのだ。一通り配り終えて、役目は済んだと壁際にそっと立っていると、ビンゴマシンの操作をしろと哲に言われた。
操作と言っても、商店街の福引よろしく、ただハンドルをくるりと回せばいいだけの話だ。勝手に数字の書かれた球が飛び出てくる。その数字を読み上げるのは哲の役目だ。アリスは「あら、○○ちゃん、調子良さそうね!!」「リーチの人は手を挙げて」などと盛り上げる。
さほどの高額商品が当たることもない。最高で某テーマパークのペアチケットだ。あとはワインや、オリーブオイルといった店で使っている食品がいくつか。それでもそこそこの盛り上がりを見せ、最終的にビンゴで当たらなかった全員に次回来店の時に使えるドリンク券が配られたところで、クリスマスイベントは終わった。
最後の客を見送って、店をクローズした後、ものの30分で店内があらかた片付いたことに、涼矢は感心した。特に哲の手際が良い。自分がひどくのろまな気さえする涼矢だった。
「ね、涼矢くん。」涼矢がエプロンを外していると、アリスが話しかけてきた。「明日、さっちゃんお店に来てくれないかしら。」
「お客で?」
「もちろん、そうよ。今日はね、ほら、あなたも言ってた、天皇誕生日なわけ。だから結構盛況だったけど、明日のイブはからっきし。今年は日曜日に当たってるせいもあるのかな、ラブラブカップルはこんな店で、ビンゴなんかしないらしくて、予約が思ったほど入ってないのよ。さっちゃん、明日はお休みでしょう?」
「……一応、伝えておきます、けど。」
「けど、何?」
「この格好でおふくろに?」
「いいじゃない、良く似合ってる。」
「人前はもう……。明日は厨房の手伝いさせてくださいよ。皮剥きでもなんでもやりますから。」
「だめよ、それは六三四 の仕事。それに皮剥きぐらいならって言ってもね、自炊の料理とは違うのよ。量も半端ないし、お客様に出すものなんだからね。」
アリスの息子の六三四。今日初めて、言葉を交わした。お客に聞かれた質問をそのまま伝えると、すらすらと回答してくれた。素っ気ないが、真面目そうな青年だった。素顔のアリスによく似ていた。自分や哲と同じ年だと聞いているが、よく言えば大人っぽい、悪く言えば老けて見えるのは、やはり一足先に仕事に就いているせいか。今はまだ厨房から出てくる気配もない。
調理師の専門学校に通いつつ、店では下働き。本気でその道で身を立てようとしている六三四を差し置いて、「皮剥きぐらいなら」などと発言したのは失礼極まりなかったのだと、涼矢は恥ずかしく思い、「すみません。」と頭を下げた。
「それにしても、絵になるわあ。涼矢くんのこの写真をグルメサイトに載せたら、お客増えるんじゃないかしら。」
「店長、俺は?」と哲が割って入った。
「もちろん、哲ちゃんも。」
「嘘くさ!!」と哲は笑った。
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