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第389話 Sweet Dreams(7)

「何だよ。」 「さっきの、千佳からで。」 「え?」 「店の近くで待ってるから来てほしいって言われて。」 「それで、行った?」 「うん。」 「へえ。」涼矢は無意識に哲から目をそらした。 「告白されたよ。」 「……。」 「驚かないのな? おまえ、千佳から何か聞いてたわけ?」  涼矢は黙ってうつむいた。 「知ってて、知らないふりしてたんだ? つか、別に興味なかったのかな?」 「興味も何も……そういうのって、本人同士の問題だろ。俺は関係ない。」 「関係ない、かぁ。」 「返事したの?」 「したよ。……千佳さ、俺がゲイだって分かってるし、恋人になれないのも知ってるって言って。そりゃそうだわな。散々そんな話、してたんだから。」 「うん。」それでも好きだと伝えずにいられない気持ちなら、誰よりも知ってる。千佳もそうだったのだろうと思っていると、哲が続きを話し始めた。 「けど、もし、俺が、今、特定の相手がいないんなら、その間だけでもって。次に好きになった人ができるまでの間だけでもいいから、恋人っぽい存在としてつきあうことはできないかって言われた。」 「えっ?」その展開は、予想外だった。 「だから、キスぐらいならできるけど、セックスはできないよって言って。」 「言ったの、そんなこと?」 「言ったよ。だって、恋人っぽい存在って何だよ。要はそこだろ? 一緒にごはん食べてカラオケに行くだけなら、今のままでいいじゃん。それとは違う関係になりたいってのは、つまり、そういうことだろ?」 「それで千佳は?」 「それでもいいんだって。」  千佳は、哲を好きなあまりに、「都合の良い女」に自分を落としてしまっているんじゃないのか。涼矢は真っ先にそう考えた。その次には、自分が根気強く尽くしていれば、ゲイの哲でもほだされる可能性に賭けたのかもしれない、とも思った。そうだとしたら、ストレートだった和樹を恋人にした自分にも、責任の一端があるような気もした。  だが、最終的には、千佳が男が怖いと言っていたことを思い出して、「恋人のようにふるまうけど、セックスはしない」というのは、彼女にとっては「願ってもないこと」なのかもしれないという結論にたどりついた。哲が「男」であることを一番思い知らされる場面を知らずに済むのだから。  でも、それにしたって。  でも、やっぱりそれって。  涼矢は黙り込んだ。哲もしばらくだんまりを決め込んでいた。  何分経ったのか。哲がポツリと言った。「俺、OKした。」 「えっ?」 「疑似恋愛だろ。俺が新しい男を見つける頃には、千佳だって目が覚めるよ、彼女の本当の相手は俺じゃないって。千佳は慎重で臆病だから、安全牌の俺でお試し恋愛がしたいだけ。そんな練習相手なら、別にいいかなって。」 「おまえ、それ、千佳に……。」 「言ってないよ。さすがにこんな言い方はしてない。お互い本当に好きになれる相手ができるまで、つきあってみる?って、言った。」 「いや、けど、千佳は本気で……。」 「本気で俺が好きだって言いたいんだろ? けど、違うよ。千佳は絶対に自分のものにはならない相手を選んでるんだ。自分が傷つきたくないから。」 「どうしても無理な相手でも、諦められない時だってあるだろ。おまえだって知ってるだろ。」 「だから、俺らのそういうのとは違うっつってんの。おまえはさ、都倉くんのこと、99%無理だと思ってて、だから、潔く振られる覚悟で向かって行ったんじゃないの? 友達以上恋人未満でいいから近くにいさせて、なんて言わなかったし、期待もしなかっただろ? 俺もそうだったよ。俺は100パー無理だったから、何も言わなかった。そんで逃げた。ただ逃げただけじゃないよ、そのために、どれだけのもん捨てたと思うよ? でも、千佳はそうじゃない。俺が千佳を傷つけないって分かってるんだ。捨てなきゃならないものもない。そういう相手だから、俺を選んだんだ。そんなの、俺らの"好き"と違う。全然違う。安全なところで恋愛ごっこしたいだけ。」 「そんな風に思うなら、断ってやれよ。」 「なんでさ? 千佳はさ、ちゃんと理解したほうがいいんだよ。俺みたいなのは本当はちっとも優しくないんだって。それから、本当の好きって、そんなんじゃないって。もっとぐっちゃぐちゃした、汚いもんだって。それをね、教えてあげようと思ってんの。彼女のためを思ってのことだよ。あ、安心して、体を傷つけるようなことはしないから。そもそも女相手じゃしたくてもできないしね、なんちゃって。」 「……。」 「なんだよ、その顔。別にさ、おまえに言う義理もないと思ったけど、友達だし? 今後千佳とつきあうのに、何も知らないってのもややこしいから話しただけ。おまえの意見やアドバイスが欲しいんじゃないよ。事後報告だよ、単なる。」 「アドバイスなんかする気ねえよ。……ただ、千佳をさ。千佳にしろ響子にしろだけど、人を、おまえの手のひらで転がすような、そんな風に扱うなよ。」 「へえ、おまえがそんなこと言うの? 千佳ってそんなに大事な友達だったの? 都倉くん以外はどうでもいいくせに。」

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