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第393話 Sweet Dreams(11)

――そんな言い方はしてねえだろが。 「で、何? 電話Hがしたいの?」 ――違うってば。 「違うんだ。」 ――もうすぐ会うんだから、そういうのは、その時でいい。 「それまでお預けか。」 ――なんだよ、おまえがしたかったんじゃないの? 「そうかもね。」 ――やらし、涼矢くん。 「そっちこそ、我慢できんの。」 ――できるっつの。 「ほう。」 ――なんだよ、その言い方。 「他意はない。」 ――まっ、いいや。あのさ、なんか欲しいもんある? 東京土産で。 「いや、別に。つか、10月に行ったばっかりだし。」 ――だよな。そう言うと思った。 「和樹さんが身一つで来ていただければ、それでいい。あ、そうだ、26日はQ駅まで車で迎えに行くから。時間分かったら教えて。俺もその日から冬休みだから、何時でもいい。」Q駅は地元の最寄り駅ではなく、その先の、新幹線が停まるターミナル駅だ。 ――サンキュ。昼ごろ到着するやつに乗るつもり。 「分かった。」  そんな会話だけして、電話を切った。普段通りの和樹の反応に、自分におかしなところはなかったようだと確信して、涼矢はホッと胸を撫でおろした。もう、哲のことで和樹との仲が引っ掻き回されるのは、懲り懲りだ。  そう思いながら、涼矢は、ようやくゆっくり、冷静に思い出した。哲の告白を。  わざとらしく「田崎涼矢くん」などと呼び。「きみが好きだよ」などと言い。  本気で言っているのか。からかっていないとは言っていた。それを信じるべきか。だが、嘘でも事実でも、それを受け容れることはない。哲は、捨て台詞のように、今まで通りにしてくれと言っていた。それがいいのだろう、と、涼矢も思う。哲のほうは、今まで通りに、何ごともなかったかのように、振る舞うのだろう。それは自分にとっても一番無難な対応方法だとは思う。  でも、それでいいのだろうか?  涼矢は哲をハグして眠った夜を思い出さずにはいられなかった。そして、それは、傷だらけの腕の記憶と直結していた。あの傷痕は哲の悲鳴のようだと思った。母親の再婚相手も、倉田も、彼を愛したんだと思う。でも、哲が求めた愛じゃなかった。彼らが与えたのはきっと、憐憫と庇護欲から来る情であって、恋人に注ぐような、時に衝動的に欲するような、そういう愛情じゃなかったんだと思う。自分が和樹に傾ける愛情はそれだ。和樹から返してほしいと欲してやまない愛情もそれだ。だから、自分が哲にそれを与えることは出来ない。哲もそれを知ってる。だから、答えは要らないとつっぱねた。何度も何度も声にならない悲鳴をあげて、哲は、彼だけを愛してくれる人を探している。それ以外の答えなら要らない。悲鳴の中には、そんな叫びも含まれてる。そんな気がした。 ――なまじっかな同情は、奴の傷を増やすだけ、か。現状維持が俺にしてやれる唯一のことか。  涼矢はそう結論付けるしかなかった。和樹に話せばもっと良い案が聞けると思うが、和樹にだけはできない相談だ。何もしない。それだけが自分にできることだった。  翌日は冬休み前の、最後の講義のある一日だ。涼矢は憂鬱な気分で大学に向かった。一限目からいきなり哲と顔を合わせるはずだった。入学以来、初めて休講にでもなってくれればいいのにと願ったが、それは叶わなかった。そして、哲が教室に先にいた。 「おは。」と哲は右手を挙げる。涼矢は間ひとつ空けた並びの席に座った。それがこの講義のいつもの席だったからだ。「昨日はお疲れさん。」 「ああ。」涼矢は目を合わせずにテキストを出す。 「そう、ピリピリすんなよ。」 「してねえよ。」 「俺、浮気性だからさ、すぐ気が変わるから。安心して。」哲がそんなことを言い、涼矢は目立たぬように周りの様子を視界に入れた。2人の周りはどこも1列以上の空席があって、哲との会話を聞かれる心配はなさそうだった。 「浮気性で安心しろってのも妙な話。」涼矢は目を合わせないまま、そう答えた。 「えっ、じゃあ一途に想ってろって言うの? 100パー脈ナシなのに? ひでえ男。」哲は笑った。 「今まで通りにしてろっつったの、そっちだろ。その話題吹っかけてくんなよ。」 「うっわ、ホントにひで。」哲はもう一度笑う。「……でも、それがおまえのいつも通りだもんなぁ、確かに。」 「もっと良い奴、いるだろ。おまえ、見る目ねえよ。」 「ねえ、それ言ったら、都倉くんの見る目がないってことになっちゃうよ。」 「……。」 「俺さ、考えたんだけど。」 「まだ続けんの、この話。」 「まあまあ。……俺さ、都倉くんのことも好きなんだよ。」  そこで初めて涼矢は哲を見た。いつもと変わらない、口角の上がった顔。笑顔のようでいて、逆に感情が読みとれない。

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