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第394話 Sweet Dreams(12)

「都倉くんごと好き、っていうのが一番近いかな。ほら、俺って結構、かわいそうな恋愛しかしてないじゃん? 恋愛なんかしたって、辛いことばっかなわけ。けど、おまえと彼のね、それは良いなって思った。恋愛ってもしかしてすげえ楽しいことなのかなってさ。俺、自分の知らない世界は知りたくてしょうがないほうだから、その、俺の知らない、楽しい色恋の世界を知りたいと思ったんだよね。俺のおまえへの好意ってのは、だからそういう、憧れ的なものなのかもしんない。」 「……そう。」  涼矢がそう一言だけ返すと、哲はプハッと吹き出すように笑った。「いいよいいよ。そんなノリで。今まで通り。」 「だって。」何を言えばいいのか。おまえがそう思うならそうなんだろう。俺と和樹の関係がどう見えていようと、それは見る側の問題で、俺にはどうしようもないし、どうしたいとも思わない。和樹を傷つけることにさえならないなら。  そんなことを心の内で思い、それさえも伝える気になれず、黙り込んでいるうちに、講義が始まった。  講義が終わり、ノートやテキストを片付けながら、涼矢がボソリと言った。 「友達だとは……思ってる。勉強の面では刺激になってるし、おまえがいてくれるから、頑張れてるところもある。接客だとか、仕事の段取りだとか、そういうの含めたソーシャルスキルが高いところは尊敬もしてる。」 「……うん。」 「大学入って、一番の収穫はおまえだと思ってる。一番困らされてもいるけど。」 「ははっ。」  片付けを終えて、涼矢は歩き出す。肩を並べて、と言っても頭一つ分ほども涼矢より背の低い哲だが、並んで歩く。中庭を抜け、次の講義の行われる大教室のある棟へと向かう。哲が受ける講義は違うが、同じ棟の別教室なので、行先は同じだ。 「プラスマイナスで計算したら、プラスだから。」 「おまえにとっての、俺の価値が?」 「そう。だから、それでもう、この話は勘弁してくれ。俺も極力今まで通りにするから。」 「そう……そっか。」哲は噛みしめるように何度もうなずいた。「黒字なら、ま、いっか。」 「今のところはね。」 「分かった。せいぜい赤字転換しないようにする。」 「余計なことしなきゃいいだけ。」  涼矢がそう言うと哲はニヤリとして、「今まで一度だって余計なことなんかした覚え、ないけどなあ。」と言い、自分の教室のほうへと去っていった。  余計なことばかりしてるくせに。そんな思いが涼矢の胸に湧き上がる。特に例の、ハグ事件。……だが、よくよく考えれば、それを"事件"にしてしまったのは、自分の粗忽さのせいだった。哲はと言えば、フォローの方法を伝授し背中を押してくれたのだ。その通りにしたら、和樹は許してくれたし、更に雨降って地固まる結果となった。  そうは思うが、やはりあんな思いは二度としたくないというのが本音だ。そう言いつつ、片隅では、嵐の中駆けつけて、抱きしめた瞬間の昂ぶりも捨てがたいと思ってしまう。自分が、あんなドラマみたいな行動を取れる人間だとは思ってなかった。情熱的な愛も、穏やかに慈しむ愛も、両方欲しい。そんな自分が、つくづく欲張りだと思う。  涼矢が一日の講義を終えて、帰途につこうとした時、たまたま千佳とすれ違った。何か言いたげに涼矢を見た千佳だったが、隣に響子と、他にも同じ学部の女子学生もいたせいか、何も言わずに小さく頭を下げただけで通り過ぎて行った。響子のほうが派手に手を振り、「良いお年を!」と大きな声で言った。涼矢は、軽く手を振ってそれに応えるのみで、足を止めることもなく、その場を離れた。  そうか。彼女たちに会うのも、今年最後なんだ。涼矢がそう思った瞬間に、パタパタと駆け足の音がして、振り向くと千佳がいた。少し離れたところには、さっきの女子集団が固まって待っているのが見える。 「えっと、あの。」 「うん。」 「聞いた?」 「たぶん。」 「そう。まあ、振られちゃったけど、それはね、分かってたことだから。」 「頑張ったな。」 「うん。田崎くんのおかげで勇気出せた。すっきりした。」千佳は一瞬目を潤ませたようにも見えたが、すぐににっこりと笑った。「哲ちゃんね、これからも友達でいてくれるって。だから、田崎くんもね、このことは気にしないで、これからもよろしく。」 「分かった。」 「それだけ伝えたくて。来年に持ち越さないで済んで、よかった。じゃあね、また来年。」 「ん、またね。」  千佳はくるりと踵を返し、女友達のもとへとまた走っていった。その身軽さはまるでバンビのようだと涼矢は思う。初対面の印象が、また、蘇った。  今まで通り友達で。  それができたなら。卒業した後も、友達としてでもいいから、和樹のそばにいられたなら、俺は和樹に告白しなかった。だから、和樹が東京の大学に進んだことは、「よかったこと」なのだ。それを知った時は打ちひしがれたけれど、そうでなければ今の関係にはなれていなかった。そして、だとしたら、千佳と哲が、そして哲と俺が、今まで通りの友達でいつづけることだって、それと同じぐらい「よかったこと」になるはずだ。今はただそう思っておくしかない。

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