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第395話 Sweet Dreams(13)
帰りの電車の中で、その日の内には食べられないような、時間のかかる料理をすることを思い付いた涼矢だった。駅前のスーパーでブロック肉を買って帰る。メニューは煮豚だ。帰宅して早々、涼矢はその下ごしらえを始めた。
明日来る和樹に、何かを与えたかった。クリスマスプレゼントなんてお互い口に出さないまま終わっていたけれど、少なくとも和樹は、自分への東京土産を気にかけてくれていた。何も要らないと答えたものの、和樹のことだから、何かしら、自分を楽しませたりびっくりさせたりする予感がした。
涼矢は、そういったアイディアは全然湧かない。だからせめて、自分にできることの筆頭である料理で。いささか安直な気もしたけれど、そんな結論にたどりついた。でも翌日には実家に帰り、おせちだって家族と食べるだろう和樹に、あまりに過剰に豪華な料理をふるまうというのも、良くない気がした。だから、時間をかけることにした。アリスの店でレシピを仕入れたパーティーメニューではなく、和樹のことを思いながら作る素朴な料理を。
今日は下茹でまで。一晩おいて、明日の早い時間に味つけをして煮て。ダイニングテーブルに勉強道具を持ってきて、そんな算段を付けながら勉強しているうちに夜になり、8時を少し過ぎて、佐江子が帰宅した。佐江子の顔を見て、涼矢は明日のための煮豚ばかり考えていて、今夜の夕食を何一つ支度していなかったことに気付いた。
「何か煮てるの?」キッチンに漂う匂いに、佐江子が言った。
「煮豚。でも、食べるのは明日。」
「今日は?」
「そうなんだよね。忘れてた。」
佐江子は横目で涼矢を見る。「母親よりも彼氏のことで頭がいっぱいってわけだ? あーあ、親ってつまんない。」
「生んでくれなんて頼んでませんから。」
「頼まれてませんから。私は生みたくて生んだだけ。あなたは生まれたくて生まれてきたんでしょ?」
「屁理屈。」
「そっちこそ。」佐江子はいったん寝室に入り、部屋着になって戻ってきた。「それで、どうする? お蕎麦でも取る?」
「蕎麦ねえ……。パスタで良いなら、作るよ。」
「じゃあそうして。」
涼矢はパスタ鍋を出して、麺を茹で始めた。隣には煮豚の寸胴。2人しかいないのに、なんだかラーメン屋の厨房みたいだ、と1人でおかしくなる。
「なんだか楽しそうねえ。」と佐江子が言った。
「別に。」
「明日、何時頃来るの、彼は。」
「昼頃にはこっち着くようにするって。具体的な時間は明日、新幹線に乗った時点で教えてもらうことになってる。俺、車でQ駅まで迎えに行くから。」
「ふうん。」佐江子は家庭用のワインセラーから赤ワインを出した。ソムリエナイフをコルクに差し込むまではよかったが、うまく引き抜けない。「開けてもらえる?」ナイフが刺さったまま、佐江子が涼矢に差し出す。
「ん。」涼矢はすんなりと開けた。今までも何回か開けたことはあるが、今回のアリスの店で、ゲンさんがカクテル作りで手が離せない時もたびたびあったので、2晩で相当な本数のコルクを抜いたのが良い練習になった。
「ありがと。」佐江子は手酌でワインをグラスに注いだ。「明日、私、出掛けようかな。」
「え?」パスタソースを作り始めていた涼矢が聞き返す。
「都倉くんには会いたい気もするけど、ねえ。どんな顔していいものやら。」
「今更。」
「そうなんだけど。」
「俺のほうが気まずいんだから、やめてよ。」
「娘が初めて彼氏を連れてくることになった父親って、こんな気持ちなのかな。」
「知らねえよ。つか、それ、なんかいろいろ違ってるだろ。」
「娘じゃないし。」
「初対面じゃないし。」
「私、父親じゃないよね?」
「たぶん。母親かどうかも怪しいけど。」
「彼氏ってところだけだ、合ってるの。」
「バカバカしいこと言ってないで。」
「あなたはどうなの。私、いないほうが良くない?」
「そういう、ハイともイイエとも答えにくい質問はどうかと思うよ。」
「涼矢もそういうのが答えにくいお年頃なのか。」
「お年頃って。」涼矢は苦笑する。
「まあ、でも、一緒に夕飯ぐらいは食べましょうか。涼矢のアレ、食べたいし。」佐江子は煮豚の鍋を見た。「あ、でも明日も帰れるの今日ぐらいになると思うから、お腹空いちゃったら先に食べてて。」
「分かった、一応母さんの分も用意しておくけど、適当にする。」
「なるべく邪魔しませんから。」
「別に、邪魔とは。」
「邪魔でしょ?」
涼矢は珍しくしつこく絡んでくる佐江子にムッとする。「邪魔だね。」
佐江子は笑った。「都倉くんとの食事に間に合うよう、明日はなるべく急いで帰るわ。」
翌日、予定の新幹線に乗れたという連絡が和樹から入り、Q駅の到着時刻が明らかになると、涼矢はそこから逆算して支度を始めた。順当に行けば昼の12時台には到着するはずだ。
駅に程近い路上に駐車して、和樹を待つ。地元のことだから、和樹もその場所はよく分かっている。そろそろかなとスマホの時計を確認すると同時に、窓をコンコンと叩く音がした。涼矢が顔を上げれば、当然のように和樹の姿がそこにあった。和樹はくるりと反対側に回り、助手席に乗り込んできた。
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