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第398話 bless you! (3)

 そうだ、こんな風に、行先不明のまま、涼矢の後をついていった。2人で自転車漕いで、結構な山道を延々と、2時間近く。目的地を尋ねても涼矢ははぐらかすばかりで。たどりついたのは、山の上。遠くに海が見えた。俺に海が見せたかったんだって、あの時の涼矢は言っていた。今走っているのは、あの時のルートでもない。どちらかと言うと、あの時、遠目に見た――海。 「海……?」和樹は呟いた。 「あら、分かっちゃったか。」涼矢はおどけた口調でそう言った。  でも、その海は。  あの日見た、あの海は。 「平気、なのか?」 「平気にしてくれたの、和樹だろ。」 「無理するなよ。」 「してないよ。」涼矢はミラー越しに和樹を見て、目が合うと微笑んだ。「季節も違うし、状況も違う。おまえがいる。」  窓の外の景色からは建物が徐々に減って行った。ぽつりぽつりと住宅が並ぶ地域に入り、広がる畑を通り過ぎ、いつしか海が間近に見えてきた。 「窓、開けていい?」 「いいけど、寒くない?」  和樹は窓を半分ほど開けた。「寒い。」 「だよな。」 「潮の香りするかと思ったけど、そうでもない。」  涼矢もすんすんと鼻をひくつかせる。「そうだね。」 「人もいないけど、車も少ないね。」さっきから、対向車はほとんど通らない。 「もう少ししたら帰省客で多少は増えると思うけど。」 「学生ぐらいか、もう休みなのは。」 「だな。」 「確かに、2人きりだ。」窓の外を見ながら、和樹が呟いた。 「え?」風の音で和樹の声がよく聞こえない。  和樹は涼矢のほうを向いて繰り返した。「2人きりのとこ行こうって。今がそうかなって。」 「ああ。」涼矢は少しスピードを緩めた。「いや、まだ、これはそれじゃなくて。」 「これはそれじゃないって?」  涼矢の車はゆっくりと海に寄って行く。車で入れるぎりぎりのところまで進んで、停まった。  和樹は窓を閉めた。  2人で外に出た。晴れている。空の青と、それより暗い、海の青。冬の海の色だ。波は穏やかだ。浜辺には誰もいない。涼矢は波打ち際まで進むと、砂の色が変わる境界線に沿うように歩きだした。その後を和樹が追った。  風にあおられて、「さみぃ。」と和樹は言い、パーカーのファスナーを首元まできっちりと締めた。前を行く涼矢のジャケットの裾もはためいている。涼矢が和樹の声に振り向くと、長めの髪も風に吹かれて顔を覆った。涼矢はうっとうしそうにその髪をかきあげた。 「あっちまで行けば、少し、風が防げるかも。」涼矢が顎で示した先には岩場があり、その一角には大きな岩がいくつも寄り添っているところがある。  2人が岩のところまでくると、重なり合う大岩の間はトンネル状に空いていて、風よけと称してそのトンネルの内側に2人して入った。 「風がないだけであったかいな。」と和樹が言った。 「いや、そこは、まだ寒いって言ってよ。」 「は?」 「くっつく口実ができるだろ?」涼矢は和樹の肩を抱き寄せた。 「別に、口実なんか。」 「必要ない?」 「ないよ。したいようにすりゃいい。」  涼矢はふいに和樹にキスをした。「キスする理由もなくていい?」 「してから聞くなよ。」和樹は笑う。「つか、あるだろ、理由。」和樹は涼矢と向き合う位置に立ち、両手を涼矢にまわして、キスをした。 「どんな理由?」涼矢は和樹の腰に手を回している。 「2人きり。」 「それだけ?」 「充分な理由だろ。」  涼矢は再び和樹にキスをした。和樹からも。ひとしきり繰り返して、和樹は「でもやっぱ、寒ぃわ。」と言って笑った。 「そうだね。車、戻ろうか。」涼矢は和樹から身を剥がす。 「なあ。」 「ん?」 「この岩んとこに、来ようと思ってたの? 2人きりになれるとこって、また、ネットで下調べしたの?」 「いや、まさか。単純に海に来ようって思っただけ。どうせこの寒い時期に人なんかいないだろうって思ってた。ここに岩場があるのは知ってたけど、こんな洞窟みたくなってるのは、知らなかったし。」 「前に来たのは、ここじゃないんだ。」そう口にしてから、和樹はしまった、と口を覆った。  その表情を見て、何かを察したらしい涼矢は、優しく微笑んだ。 「……ん。ここじゃない。もっと、あっちの。あっちにも岩場あるだろ? あのへん。今日は車だからサッとここまで来たけど、あの時はチャリだったから、4時間かけて漕いできてやっとたどりついて、へとへとで。」涼矢は、その「あっちの岩場」を指差しながら説明した。「あれより先に夏は海水浴場になるところもあるけど、ここらへんからあそこの岩場の辺りまでは遊泳禁止区域で。岩陰にもなるし、だから、あの日も、誰にも気づかれなかった。」  和樹はその説明を聞きながら、たまらない気持ちになった。14歳の涼矢は、その日、どんな思いでここにいたのか。そう思ったら、強い力で、涼矢の腕をつかんでいた。「車に戻ろう。」 「うん。」涼矢はおとなしく和樹に手を引かれ、岩のトンネルから出た。だが、「あっちの岩場」を振り返ると「ねえ、和樹。」と言い、足を止めた。 「何?」 「一緒にあそこまで行ってくれない?」  和樹は涼矢の手を離した。涼矢の顔と、例の岩場を交互に見た。「平気なのか?」

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