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第406話 春を待つ (3)
「心証、いいだろ。俺がいなくたって、うちで飯食ったり。」
「そうだよ。んで、俺がそういう人づきあいが苦手なの、知ってるよな。その俺がそれだけ努力してんだから、本人もちゃんとしろよ。うちの可愛い和樹くん、涼矢くんと遊ぶようになってから生活態度が悪くなった、もうあの子と遊んじゃいけませんって言われたら困るだろ?」
「誰もそんなこと言わねえよ。逆だっつの。涼矢くんは偉いわねえすごいわねえって言ってるよ。ようやく兄貴と比較されなくなったと思ったら、今度はおまえと比べられて参るっつの。」
「おまえは?」
「は?」
「涼矢くんはすごいって思わない?」
「自分で言うか。」
「俺は思ってるよ。和樹はすごいなあって。」
「嘘つけ、俺より何でもできるくせに。」
涼矢は和樹の頬を愛しそうに撫でた。「好きだよ。」
和樹は反射的に後ずさりした。「あ? なんだよ、今そんなこと言うタイミングじゃないだろ。」
「俺が和樹に勝ってることなんて、好きって気持ちだけ。」
「馬鹿なこと言ってねえで、早く風呂入ってこい。」真っ赤な顔をして、和樹は涼矢を部屋から追い出した。
おまえはすごいよ。いつでもそう思ってるよ。閉まりきっていないドアの隙間から聞こえてくる、涼矢が階段を降りていく音。でも、そうだな、好きだって気持ちは、もしかしたら、おまえのほうがすごいかもしれないな。でも、追いつくよ。すぐに追いつく。それで、追い越す。出会った時から俺たち、そうだったもんな。お互いを意識して、抜きつ抜かれつして。おまえって俺の、ライバルだもんな。
和樹はベッドに腰掛けて、目の前にある本棚を見た。初めてこの部屋に来た時、その一角には漫画が並べられていた。俺と話すきっかけ。そのためだけに、読みもしないのに買い揃えていたというバスケ漫画。それは今でも同じところにあった。確か最近、最新刊が出たはずだが、それが増えた形跡はない。「きっかけ」なんて、もう必要ないからかな? ゲンキンな奴、と和樹は笑った。
でも、それ以外の本は大部分が入れ替わっている。スペースのほとんどは司法関係の本が占有していた。本棚の近くにはパソコンデスク。お絵描き用と言っていたマックのコンピュータと、独特のフォルムをしたキーボードは相変わらず独特の存在感を放っているけれど、使われているのかどうか。もう一つある学習机の上には、和樹の部屋にも持ってきていたノートPCが鎮座している。蓋が開けっ放しで、スリープモードになっているから、こちらはついさっきまで使われていたのかもしれない。
涼矢が戻ってきた。戻ってくるなり、ベッドの和樹を押し倒して、キスをした。
「何してた?」押し倒したままの姿勢で、涼矢が言った。
「部屋の観察。んで、パソコンの検索履歴をチェックしようかと思ってたところ。」
「そんなの見たって何も出て来ないよ。」
「検索しないの?」
「検索履歴もブックマークも保存しないようにしてる。」
和樹は笑う。「さすがだなあ。」
「だってこれ、学校に持って行くし、持って行って、みんなで画面見ながら話したりすることあるし。発表の時はプロジェクターにつなげて大画面で見られたりするんだぞ。」
和樹は笑い続けていた。「たとえばどんな? どんなんで検索すんの? アナルセックスとか? 前立腺とか?」
涼矢も笑う。「緊縛プレイとか、ナカイキとか。」
「おまえのほうがヤバイ。」
「ヤバイだろ。」
「それを、真面目な顔で、プロジェクターで、教授とかもいる前で発表する時に。」
「流れるゲイ動画。金髪のゴリゴリマッチョがジーザス!とか叫んでんの。」
「奨学金がパーだな。」
「そうなったら、金よりもっと大事なもんを失うよ。」
「あの真面目な田崎くんが……まさか……ってな?」
「そうだよ。」涼矢は和樹のトレーナーの首元を少し引っ張るようにして、鎖骨のあたりにキスをした。「バレたら困る。」
和樹は自分に覆いかぶさっている涼矢の背に、手を回した。抱き合って、転がるようにして、2人でベッドに横たわった。「な、涼矢?」
「うん?」涼矢は和樹の前髪を弄んでいた。
「金髪のゴリゴリマッチョが好きなの?」
プッ、と吹き出す。「そんなに好きじゃない。でも、そういうの探すと、そんなんがいっぱい出てくるから。」
「そうなんだ。つか、探すんだ? それ系のエロ動画。」
「最近は探さない。」
「なんで?」
「きみとの思い出で充分だからだよ。」
「きれいに言ってるけど、俺でオナってるって話だよな?」
「和樹は違うの? 俺のこと思い出しながら、しないの?」
和樹は少しムッとした顔をする。「するけど。で、今の、この手は何?」和樹のズボンのウエストのところから、涼矢の手が入り込んできていた。
「触りたくて。和樹が俺のシャンプーの匂いするの、すげえ昂奮する。」股間を触っていないほうの手は、また和樹の前髪を触っている。
「おまえ、佐江子さんとメシ食った後で、ヤル気になれるかよって言ってなかった?」
「おまえはヤれるって言ってたな?」
「ずりぃよ、おまえ、ホントに。いつもいつも。」和樹の声が上ずりはじめた。
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