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第408話 春を待つ (5)

「あっ、あっ、あんっ。」指だけでも喘いでいた和樹の口から、また淫らな声が溢れてくる。「そんな、ゆっくりしないで、もっとっ。」和樹の願いを聞き届けるつもりはない。そんなことをしたら、この時間がすぐに終わってしまう。涼矢はゆっくりすぎるほどゆっくりと和樹の奥まで侵入し、そして、またゆっくりと戻る。そんな風に行き来を繰り返すと、じれったそうに和樹の中がきゅっと締め付けてくる。  さっき口の中をゴリゴリと刺激した和樹のペニスを握る。形を確かめるように。硬口蓋と、歯の裏を擦りあげて行ったくびれ。咽喉奥のほうまで来た時には舌で感じた凹凸。 「やだ、だめ、両方したらっ……。」和樹が全身をビクビクと痙攣させながら、そんなことを言う。両方? 涼矢は一瞬何を言われているのか分からなかったが、ペニスもアナルも、という意味だと気付くと、もうそれだけでイキそうになった。涼矢はペニスのほうの手を離し、和樹の腰を両手で抱いた。それから、うんとスピードアップして、和樹の中を何度も貫いた。  突然の攻撃に、和樹は「ひゃっ。」と悲鳴のような声を上げてから、「あっあっあっ。」と規則正しく喘いだ。そのリズムで涼矢が突いたからだ。 「気持ちいい?」今度は涼矢がその質問をする番だった。 「ん、気持ちいい、あっ、い……いいっ、気持ちい、涼っ。」  それなら良かったと思うが、安堵する余裕はない。名前を呼ばれて一気に加速する快感。 「ごめ、出る。」一層奥に押し込んで、涼矢は一瞬、身を震わせた。  和樹は熱いものが放たれ、その熱とこわばりの余韻がまだ自分の中にあるのを感じながら、自分のペニスをしごいて、射精した。手の中に収めようと思ったが、いくらかが零れ落ちた。  涼矢が自分からペニスを抜いて、事後の始末をしようとしているのを見て、「俺にも、ティッシュ。」と言った。間もなくティッシュ数枚が手渡された。 「悪い、シーツ、汚した。けど、これはおまえが洗うんだもんな。」上京間際の、あのセックスばかりした日々。あの時の汚れ方はこんなものではなかった。  涼矢はそれに対しての答えは何も言わずに、和樹を抱き寄せて、キスをした。「大好き。愛してる。」 「ん。俺も。」和樹からもキスを返す。「愛してるよ。」  涼矢は和樹をぎゅっと抱き締めた。唇をついばむだけのキスをして、それからまた舌を絡めるキスもする。交互にそれを繰り返す。  しつこいほど繰り返して、先に音を上げたのは和樹だ。「たらこ唇になっちゃうよ。」と言って笑った。 「それもまたセクシーじゃない?」もう一度唇を突き出す涼矢を、さすがに押し返した。 「もう、終わり。」涼矢はそれでも名残惜しそうに、指先で、和樹の唇に触れる。触れた途端に「あ。」と和樹が少し大きな声を上げた。涼矢は自分の指が何かしたのかと驚き、手を引っ込めた。「忘れてた。」と和樹は言った。 「何を?」 「佐江子さんのお土産。」 「え?」 「おまえは東京土産要らないって言うし。だから、佐江子さんに。」 「いいよ、そんなの、要らないよ。」  和樹はベッドから降りて、バッグを探った。大きめの袋は自分の母親用のクリスマスコフレだ。同じ柄の、でももっと小さな紙袋。それが佐江子用のはずだ。「受け取ってもらわないと俺も困る。」 「なんで。」 「口紅。」 「自分の親にあげれば。モデルさんに。」 「それは別にあるから。これ、ちゃんと佐江子さんのイメージで選んだんだから。」和樹は口紅の入った袋を涼矢の鼻先に突き出した。 「うっわあ。」 「なんだよ。」 「さすがだと思って。母親に口紅のプレゼントとか、俺だったら絶対思い付かない。」 「何がさすがなんだよ。」 「女性のハートをつかむのが……。」 「たまたま売ってただけだっつの。」和樹は脱ぎ散らかした、涼矢に借りたスウェットを着る。「なあ、まだ起きてるかな?」 「今何時だ?」と言いながら涼矢は時計を見る。「12時ちょい過ぎか。起きてるとは思うけど。」 「佐江子さん、明日も仕事だろ? 朝はバタバタするよな?」 「まあね。」涼矢は和樹に貸したものと色違いのスウェットの、ズボンだけを穿いている。上半身はまだ裸のままで、着る気配もなければ、ベッドから降りるつもりもなさそうだ。 「おい、おまえもついてこいよ。俺一人で口紅なんか渡すの、やだよ。」 「だって和樹のお土産だろ。」 「変だろ、そんなの。」 「そうかな。俺が一緒のほうが変だと思うけど。」 「とにかく、来てよ。」  涼矢は不承不承に上も着て、それからおもむろに和樹を上から下まで舐めるように見た。 「な、何?」和樹がひるむ。 「キスマークでも見えてたら、まずいだろ。」 「ああ。そうね。」和樹も涼矢の首元を見る。「またゴミ箱チェックなんかされたら、俺、二度とここに来ない。」 「あれはマジで勘弁だな。」 「唇、腫れてない?」和樹が薄ら笑いでそんなことを言い、キスをせがむように唇を尖らせたものだから、涼矢は和樹の言葉とは逆に、もう一度その唇に軽くキスをした。 「腫れてない、大丈夫。」 「こら。」口先だけで怒ってみせて、和樹は部屋を出た。

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