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第410話 春を待つ (7)

「おふくろも似たようなこと言ってたよ。」涼矢は苦笑する。「昨日、急に自分はどっか出かけちゃおうかとか言い出してさ。おまえにどういう顔して会えばいいか分かんないとか言って。初めて娘が彼氏を連れてきたときの父親の気分って、こんな感じかな、なんて。」 「あの佐江子さんが? 想像つかねえ。」和樹は笑った。 「おまえとおふくろ、たまに似たようなこと言う。」 「母親に似てる奴を好きになったんたなら、おまえ、マザコンってことだな。」 「あの人のどこにマザー要素があるっていうんだよ。」 「そんなことないよ。マザーそのものだよ。」和樹はさっきの風呂上がりの会話を思い出す。 「そうかな。」涼矢はいまひとつ納得しかねる表情を浮かべつつ、ごろりとベッドに横になった。「おふくろの話はもういいや。寝よう?」 「うん。」和樹も涼矢の隣に横になる。 「あ。」 「ん?」 「布団、敷く?」 「へ?」 「客用の布団。このベッド、狭いし。今日はもう……しないだろ?」 「やだ。」和樹は涼矢に抱きついた。「もうしないけど、ここで寝る。」 「おまえがいいなら、いいけどさ。」 「あいつだってここで寝たんだろ、一緒に。」 「またその話? 蒸し返すなよ。」 「それなのに、なんで俺が別に寝るんだよ。」 「哲の時は、その床に布団敷いて、そこで寝かせたんだってば。」 「けど、そのまま朝まで大人しくしてなかったわけだろ?」 「……まあ、結果的にはそういうことになったよ、でも。」 「この狭いベッドで、2人で。」  涼矢は和樹にぴったりと密着して、抱き締めた。「だから、ごめんって。」 「死にそう。」 「あ、ごめん。」涼矢は抱く力を緩めた。 「そういう意味じゃねえよ。」 「え。」  和樹は涼矢の胸に顔を埋めた。「嫉妬で、死にそう。」 「ごめん。」もう一度抱き締める。 「謝るなよ。もう許したって言っただろ。」頬を涼矢の胸にこすりつける。「けど、死にそう。」  涼矢は和樹の頭を撫でる。「どうしたらいい?」 「どうしようもない。」 「……。」 「分かってんだよ、俺だって。何もなかったってことも、それを嫉妬したって意味ないってことも。今の俺が超カッコ悪ぃのも、分かってる。」 「カッコ悪くないよ、俺が悪いんだから。ぜんぶ。」 「終わったこと蒸し返すなんて、最悪にカッコ悪いだろ。それから、あいつと一緒にバイトしたのも気に入らなくて、そんな風に、心狭いこと考えてるのも、カッコ悪い。」 「それなら、俺のほうが最悪だ。」 「なんで。」 「俺のことで、そんななってる和樹見て、ちょっと、喜んでる。」  和樹は涼矢の腕の中で、涼矢を見上げる。「喜んでんの?」 「うん。」 「ひっで。」 「ひどいよね。」 「けど、元はと言えば、あの馬鹿のせいだろ。」 「哲?」 「名前を口にするのも汚らわしい。」  和樹の言いざまに、涼矢は吹き出してしまった。 「だって、そうだろ。あいつが関わるとろくなことがない。」 「そう、だね。」 「けど、友達なんだろ?」 「……おまえが縁切れって言うなら、今すぐにでも。」 「またそうやって、俺のせいにして。」 「和樹のせいになんかしないよ。」涼矢は和樹の顎に手をやり、口づける。「ああ、でも、哲はね、やっぱり……。」 「キスしながら他の男の名前言うんじゃねえよ。つか、やっぱり、何だっての。」 「できれば縁切りたくないな。」 「親友だからとでも?」 「いや、和樹がさっき言った通り。」 「は?」 「あいつが関わると、ろくなことにならなくて、でも、その分、和樹が俺のことに必死になってくれるから。」 「なんだよその、サイコパス的発想。」 「……ホントだな。俺、ヤバい奴だ。」 「マジで最悪。」和樹は涼矢にしがみつく。その背中を、涼矢は優しくさすった。 「最悪ついでに言うけど。」 「なんだよ。」 「あいつね。哲、さ。すげえ細くて。」  和樹は唇をきゅっと固く結んだ。 「痩せてるっていうか、こどもみたいだった。普段、体のラインが出るような服着ないから、分からなかったけど。腕も、首も、細くて。肩も薄くて。その腕に、いっぱい傷があって。あ、それはここで見たんじゃなくて、店で皿洗いする時にね、腕まくりしてたから。」 「同情した?」 「したよ。かわいそうだと思ったよ。そんな風にしか生きて来られなかったんだとしたら、なんてかわいそうな奴だと思ったよ。車に乗せた時、貧乏だったから塾代だって自分の体で稼いで、そうやって大学まで進学したんだって。だから、そんなの恥ずかしい過去じゃないって開き直られて、親の金でこんな車に乗ってる奴には分からないだろうけどって言われて、何も言い返せなかったよ。」

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