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第413話 春を待つ (10)

「なんで和樹が謝るんだよ。」 「言いたくなかったことを言わせたから。試すようなことしたから。だから、ごめん。俺だってエミリのこと、言わなかった。嘘も言ってないけど、黙ってたことはあった。おまえと同じだよ。だから、ごめん。」 「謝るなよ。」涼矢は和樹を強く抱きしめた。 「じゃあ、好きって言う。」 「へ?」 「謝るより、そのほうが喜びそうだから。」 「……ははっ。」涼矢は和樹の頭を抱えて、髪をぐしゃぐしゃにする勢いで頭を撫でた。「うん。喜ぶ。」 「好き。」 「うん。」 「好きだよ。」 「うん。」  今度は和樹が笑った。 「何? なんで笑ったの、今?」 「言わせるだけなんだなって。普通さ、そっちからも言うだろ、今の流れ的に。」 「だって、前に、俺が言ったのに返してくれなかったことあったし。」 「あったっけ。」 「あったよ。夏、和樹のとこ、行った時。」 「そっか。じゃあ、これもおあいこか。」 「そういうつもりだったわけじゃないけど。」 「じゃ、どうして言い返さなかった?」 「なんでだろね。」涼矢は和樹の耳たぶと、そこについているピアスを指先で弄ぶ。「なんか、ずっと聞いていたくて。和樹が好きって言ってくれてるの。」 「んじゃ、もう言うの、やめよ。」 「なんでだよ。」 「だっておまえ、俺が眼鏡かけてほしいって言った途端に、もったいつけてかけてくれなくなったじゃない?」 「それもおあいこですか。つか、それってもう、仕返しって言うんじゃないの。」  和樹が耳たぶに触れている涼矢の手首をつかみ、その手の平にキスをした。「でも、良かった。」 「何が。」 「笑ってるから、涼矢が。おまえすぐ、1人で、1人の世界に入っちゃうから。そんで勝手に落ち込んだりするから。」 「そんなことないとは言えないな。」 「あるよ。大ありだよ。」和樹は涼矢と手の平を合わせ、指を絡める。「でも、今回は俺もだな。俺も1人で悪いほうにばかり考えたりしてた。けど、もう大丈夫だよ。何でも話してよ。俺、怒ったり泣いたりするかもしれないけど、こうやってさ、ちゃんと話せば、なんとかなる。つか、なんとかしていこ。」 「うん。」  2人は手をつないだまま、並んで仰向けになった。 「俺、涼矢のこと、もっと知りたい。」 「俺の、何を?」 「何でもだよ。」 「血液型とか?」 「それはどうでもいいけど。あ、B型だろ?」 「外れ。」 「A型?」 「ブー。」 「……AB?」 「なんで少数派に行くんだよ。」 「まさかのO?」 「なんでまさかなんだよ。」 「いや、なんか……まさかだった。」 「そもそもね、人を4種類に分けるって発想がね、雑だよね。」 「そういうところがO型っぽくない。佐江子さんはちょっとOっぽいけど。」 「あの人、Aだよ。」 「じゃあ、お父さんがOか。」 「いや、B。うち、3人とも違うんだよ。」 「へえ。」 「けど、知りたかった? この情報。」 「うーん。おまえが事故で意識不明になって輸血が必要になった時に、俺が医者に伝えてやれる、かな。」 「そうなったら病院でちゃんと調べるよ。そんな、たまたま居合わせた人の口頭の申告で輸血しないよ。」 「そういうとこ、可愛くないよね。」 「可愛いのは和樹の担当だから。」 「うっせえよ。」 「あと、何が知りたい? 平熱は36.3度ぐらい。」 「要らねえ。」和樹は笑う。「そういうんじゃなくてさ。」 「どういうの?」 「小さい時どんな遊びしてたかとか。中学の部活の話でもいい。あ、海外旅行した時の話なんて聞いたことないから、そういうのも。」 「思い出話が聞きたいの? 俺の昔の話なんか、ろくなことないよ。」 「恋バナでもいいよ。おまえは俺の元カノの話嫌がるけど、俺、おまえの初恋とか、その次の恋の話とか聞けて、すげえ良かったと思ってる。おまえにとっては、悲しいし、苦しい話だと思うけど。」 「……うん。悲しいし、苦しい話にしかならないな、そのへんは。」 「けどさ、なんつうか、涼矢って、すごくきちんと人を好きになるんだって分かったから。おまえの過去に嫉妬しないわけじゃないけど、それよりもっと……あ、くそ、これめっちゃ照れくさいな。」和樹は口元を手で覆って、うっかりしたことを口走らないようにした。 「何? 言ってよ。」涼矢は小首をかしげて和樹を見る。 「だから、俺も、大事にされてるんだなって。そんな、しんどい思いしたのにさ、それでも俺のこと好きって、めっちゃ好きってことだろ。昔好きだった人のことを大切に思ってたんだなって分かればわかるほど、でも、今は、その人よりも俺、おまえにあ、あい……され……。まぁ、そういうやつ。」和樹は顔が熱くなるのを感じた。おそらく真っ赤になっているだろう。それを涼矢に悟られまいと顔だけ壁側を向いた。 「誰よりも愛してるよ。めっちゃ好きだよ。」 「それ、そういうとこ。そういうのしれーって言うとこ。」涼矢のほうを見ないまま、和樹は言う。 「だめ?」 「だめじゃないよ、けど、そういうのもさ、おまえの、昔の、ちょっと苦しいこと聞いたから、素直に聞けるんだよ。そうでもなきゃ、逆に嘘っぽいだろ、そんな歯の浮くようなセリフ。」

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