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第414話 春を待つ (11)

「そうかなあ。」  和樹はやっと涼矢のほうを見た。「そうじゃない?」 「俺は素直に聞くよ。おまえが好きとか愛してるとか言ってくれたら。」 「嘘だぁ。おまえこそ、俺が好きって何回言っても信じなかっただろうが。」 「最初の内はね。」 「今は違うんだ?」 「うん。」涼矢は和樹の耳に唇が触れるほど近づいて囁く。「特に、ヤってる最中に言ってくれる言葉は、ぜんぶ、すぐ信じる。好きとか、イイとか。」 「おまえね。」和樹は耳元の涼矢を手で払うような仕草をして、つないでいたほうの手も離し、今度こそ全身を涼矢に背を向けた。そのついでに掛布団をひっぱり、自分の体に巻きつけ、それを独占した。「もう、寝る。おやすみ。」  涼矢は笑って電気を消し、薄い肌掛け布団だけを手繰り寄せながら「おやすみ。」と言った。  和樹はフン、と荒い鼻息をついてから、掛布団の端をめくり、涼矢を招き入れる。涼矢は和樹が作った空間にもぐりこむと、背後から和樹を抱きかかえるようにして、もう一度「おやすみ。」と言った。  和樹の部屋のセミダブルに比べると、やはり涼矢のシングルベッドは狭かった。翌朝2人はどちらが先ということもなく、互いの体勢を変える気配で目を覚ました。 「おはよ。」と涼矢が言い、すぐ目の前にあった和樹の頬にキスをした。 「はぁよ。」あくびをしながら和樹が言った。 「眠れた? 狭かったけど。」 「うん。」そう言って、だが起きようとはしない。逆に布団を口元まで引っ張り上げて、まだまどろんでいたい様子だ。 「もう少し寝てる?」 「今、何時?」 「えっと。9時40分。」涼矢は枕元の時計を見た。 「結構寝ちゃったな。佐江子さんは?」 「とっくに出勤してるはず。あ、これは別に気を使ってるんじゃないよ。いつものこと。」 「そっか。じゃあやっぱり、昨日のうちに渡しておいてよかった、お土産。」 「このたびは母にまでお気遣いいただいて。」 「いえいえ、とんでもない。いつもお世話になっていますから。」  そんなやりとりをして、顔を見合わせて笑った。  涼矢がベッドから降りる。「メシ、なんでもい?」 「ああ。」 「何があったかな。」そうひとりごち、ドアノブに手をかけてから、和樹を振り向いた。ベッドの上で上半身を起こしたところだ。「できたら呼ぶから、まだ寝てていいぞ。」 「いや、起きるよ。」和樹はそのままベッドから降りる。 「寝てていいのに。」 「1人で寝るのはやなの。」 「あっそ。」素っ気ない返事をしながらも嬉しそうに笑って、涼矢は階段を降りた。  朝食は何の変哲もないトーストだ。マーマレードとバターを添えた。紅茶も淹れた。 「玉子料理がないの、珍しい。俺んとこ来た時、朝は大抵ハムエッグとかスクランブルエッグとか作ってたから、そういうイメージ。」 「玉子、あるんだけどさ。」いったん椅子に座りかけた涼矢がまた立ち上がる。 「あ、いいよいいよ。今から作らなくても。」 「もう出来てる。ていうか、冷蔵庫にあった玉子、ぜんぶこれにしちゃって。」涼矢は煮豚の鍋の蓋を開けて、何やら皿に移している。間もなく戻ってきて、テーブルにその皿を置いた。茶色く色づいた茹で玉子が4個。「煮豚のたれに漬けたんだ。でも、トーストに合うかどうか。」 「うまそ。食べようよ。せっかくだし。」 「昼飯に回してもいいかなって思ってて。あ、いつ実家戻るの。」 「時間は決めてない。けど、そのつもりだったんなら昼飯は食っていく。玉子は今1個食って、昼にもう1個。」 「まだあるから好きなだけどうぞ。」 「いや、3個も4個もじゃ食い過ぎだろ。現役時代とは違うんだから。」 「まあね。」 「おまえはもっと食べたほうがいいかもしれないけど。」 「おふくろにも言われるよ。……だいたいの帰る時間、家に連絡しておいたほうがいいんじゃないの。お母さん、食事の支度とかあるだろ。久しぶりに息子が帰ってくるんだし。」 「俺がいなくたってメシは毎日作ってるよ。専業主婦だもん。」 「そういうのと違うよ。俺だって、昨日、おまえが来ると思ったから。」そこまで言って、涼矢は黙った。 「……クリスマスみたいだったもんな。ありがと。」 「恩着せがましく言うつもりはなかった。ただ、おまえの家だってさ。」 「うん。そうだな。そうなんだろうな、きっと。連絡するよ、ちゃんと。」  涼矢は奇妙な気持ちになる。家族への気遣いとか。周囲の人の気持ちに寄り添うとか。それは和樹から教えてもらったことだ。それを今、自分が和樹に進言している。少しは人間的な成長を遂げている証だろうか。――いや、そんなんじゃない。単に、和樹だって実の家族には甘えが出るというだけの話だ。  朝食を終えて、昼までの時間をどう過ごしたいかと涼矢が問うた。 「別に、だらだらっと過ごすだけで。」そう言って、何か思いついた表情を浮かべた。「アルバム見たい。涼矢の。」 「え。」涼矢の眉間に皺が寄る。

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