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第415話 brand new day(1)

「当然、高校以前のね。小学校あたりとか。」 「そんなもん、見てどうすんの。」 「おまえだって見たがってただろ、俺の天使時代。」 「天使じゃないって自分で言ってた。太ってたって。」 「太ってはいねえよ、ちょっと丸っこかっただけ。」 「俺はちびっこかった。」 「うん、だから、見たい。」  涼矢は仕方ないな、とでも言いたそうに息をひとつ吐いて、視線を昨夜訪れた佐江子たちの寝室のドアのほうに向けた。それからその隣の襖にも。「どこにあるのかな。」 「自分の部屋じゃないんだ?」 「うん。中学と高校の卒アルは自分の部屋にあるけど。それより前のは親が管理してて……。」言いながら、まずは襖を開けた。和樹はその後に着いて行く。初めての和室だ。畳敷きで、こたつがあり、仏壇がある。現代風のモダンな仏壇だ。 「うわ。」と和樹が声を上げた。 「何。」 「噂は本当だった。」和樹の視線の先には、腰高の和箪笥の上。そこには写真が何枚か飾られていて、和樹が示しているのはその中の1枚だ。「この人だろ、例の。」  涼矢は見るからに不機嫌そうな顔を浮かべ、その写真を伏せた。「似てるか?」和樹の推測通り、それは涼矢の亡くなった祖父の写真だったようだ。 「そっくりじゃん。」 「おまえから見てもそうなのか。」 「でも。」和樹は伏せた写真を再び表に向けた。「なんだろう、やっぱり違うな。ギラギラしてる、お祖父さんのほうが。野心的な感じ。」 「そういうとこが女にモテたんだろうな。」 「こっちは?」和樹は隣の写真立てを指した。 「そっから先は田崎の……親父のほうの血縁の人。」 「この人、若い。」 「叔父さん。親父の弟。40歳そこそこで病気で亡くなってて。」 「そうなんだ。仏壇、お線香上げたほうがいい?」 「別にいいよ。昔の人ばかりだし。俺だって線香なんて数えるぐらいしか上げたことないよ。うち、そういうの全然気にしない。生きてるうちから知ってるの、その叔父さんぐらいだしね。」  和樹はもう一度その「叔父さん」の写真を見た。「この人のほうが涼矢に似てる。」 「……言われたことないけど。」 「顔は似てないけど、なんか、雰囲気? 笑い方?」写真の彼は、大笑いではなく、穏やかな微笑みだった。 「そう?」涼矢は気に留めない振りをして、アルバムがありそうな棚を探した。  若くして亡くなった叔父。アーティストとして、長いこと海外で暮らしていた。たまに帰国した時の外国の香り。芸術の話。見せてもらったゲイカップルの結婚式の写真。葬儀の時に親族席に座っていた外国人の青年。叔父にまつわる思い出が猛スピードで脳裏をかすめた。 「これ、違う?」和樹の言葉で我に返った。和樹は別の棚を見ていた。ガラス戸のついた飾り棚だが、コレクションアイテムなどではなく、美術書のような大判の本がそこには納められていた。涼矢が寄って行くと、確かにそこには自分も見覚えのあるアルバムがびっちりと並んでいた。1冊は小学校でもらった卒業アルバムだが、それに並んでずらりとあるのは、昔ながらの、台紙に貼り付けていくタイプのアルバムだ。それぞれの背表紙に「涼矢 幼稚園~小学校入学」といった手書きの文字がある。「さすが一人っ子。すげえ量だな。出していい?」 「うん。……あ、でも、その、最初のほうは見ないほうがいい。」  和樹は並んでいる背表紙の文字を見る。一番古い日付は「涼矢 誕生~1ヶ月」だ。その隣には「涼矢 ~3ヶ月」。その後、誕生から1歳までの間だけで計5冊。1歳から先はペースが落ちていたが、それでも年に1冊は増えているようだ。 「最初のほうって、これのこと?」和樹はその「誕生」の1冊を指す。涼矢が頷くと「何故?」と聞いた。  涼矢は言いにくそうに言った。「俺、ほら、未熟児だったからさ。赤ちゃんの、ああいう、ぷくぷくした感じじゃないんだよ。親はまだしも、おまえが見ても、あんまり気持ちのいいもんじゃないっていうか。」 「そんなことないよ。」和樹は構わず最初のアルバムを抜き取り、最初のページを開いた。涼矢は、あ、と小さく声を上げた。「あぁ。本当だ。ぷくぷくはしてないな。」 「うん。だから、見なくていいよ、そんなの。」 「なんで。可愛いよ。」 「どこがだよ。猿みたいどころか、ちょっとグロいレベルじゃない?」 「全然。可愛いよ。すげえ可愛い。」和樹は写真を愛しそうに見つめた。次のページを見る。そこにも、めくった先のページにも、何枚も何枚も、同じような写真が並んで貼られていた。 「ああ、それ、飛ばして見ろよ。つか、最後までそんな写真ばっかだから、全部見なくてもいい。最後のページ見るだけでいい。」 「うん。」そう答えながらも、和樹は1ページずつ丁寧に見た。「日付、ちゃんと変わってる。」 「あー。うん。親父がね、毎日。生まれた日から毎日、退院して、落ち着くまで、撮ってたらしい。」 「毎日かよ、すげえな。」 「うん。……退院できるかどうか分かんなかったみたいで。そこはクリアしても、退院後もね、1歳まで生きられるかどうかって。そんな感じだったらしくて。」

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