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第416話 brand new day(2)
和樹は涼矢の顔を見た。「それで、毎日。」
「そう。それしか、俺が生まれてきた証ってのが、なかったかもしれなくて。」
「そうか。」
「うん。でも、それは、親にとっておおごとだっただけで、俺はね、別に、記憶があるわけじゃないし。」涼矢は薄く笑う。「大変だったなとか、頑張ったなとか、そう言われても困るんで。」
「言ってねえだろ。」和樹は苦笑した。「でも、親は頑張ったってことだろ。すげ、大事にされてんな。俺のアルバムなんか全然少ないよ。生まれてから今日までで、2冊目がまだ半分ぐらい。もう増えもしないだろうし。兄貴はもっとあると思うけど、ここまではないと思うなあ。そもそもプリントアウトもしねえもんな。データで持ってるかもしれないけど。」
「親父はオタク気質だからね。写真を撮るとなったらとことんやりたかったんだろ。」
「ああ、そんな感じはするな。」和樹は止めていた手を再び動かして、ページを繰る。「これさ、よく見てると、パラパラ漫画みたいだよ。ちゃんと、この子が大きくなってるの、分かる。毎日同じ位置から撮影してるだろ、これ。」
「親父のやることだからね。定点観測ぐらいしそう。」
和樹はそのアルバムを戻し、次の1冊を手にする。同じように丁寧に見ていく。ようやく保育器から出て、ベビーベッドへと背景が変わる。「この子がねえ。大きくなったもんだねえ。」
「どこのおばちゃんだよ。」涼矢は和樹の口ぶりを聞いて笑った。
「感動してんだよ。マジで。すげえなって。」
「だから、俺は別に。」
「おまえのことじゃないよ。この赤ちゃんのことだよ。夏鈴さんとこの涼矢ジュニアの時も思ったけど、赤ん坊ってすげえなって。あと、女の人も。」
「その赤ん坊は俺だろ。」
「そうだけど、違うんだって。」
「わけ分かんないこと言ってないでさ。それ、ぜんぶ見る気? もうそろそろ、せめて小学校あたりまで進んでよ。」
「はいはい。」和樹は手に持っていたアルバムを戻し、数冊飛ばして「涼矢 小学校」を出した。こたつに入って、最初のページをめくると、幼い涼矢の入学式の写真があった。前後の子と比べると、頭一つ分ほども小柄だ。「この、ちっちゃい子が涼矢?」
こたつは正方形でなく長方形をしていて、こたつ布団を外せばオールシーズン使えそうな、家具調こたつと言われるタイプのものだった。和樹が長辺の端に座ったので、涼矢はその隣に並んで座った。和樹は2人の真ん中になるようにアルバムをずらした。
「そう。4年生まで背の順ではいつも一番前だった。」と涼矢が言う。
和樹は突然大声を出した。「前へ、ならえ!」
「それの時は、こう。」涼矢は両手を前に突き出すのではなく、腰に手を当てるポーズをして、笑った。
「やっぱり。」和樹も笑う。それから改めてしげしげと写真の涼矢を眺めた。「かぁわいいな。」
「無愛想だろ。」
「ん。変わんないね、この、ムッとした口元とか。」
「緊張してるんだよ。」
「可愛い。」
「どこが。」
「可愛いよ。こっちの、この、ここは俺のいるべき場所ではないって言いたそうな顔も。」
「本当にそう思ってたな。周り、こどもばっかりで。」
「おまえもこどもだろ。」
「それまで、大人ばかりに囲まれてきたからね。幼稚園ですら嫌で嫌で。」
「柳瀬も写ってる?」
「遠足とか運動会の写真だったら、どっかにいると思うけど。同じクラスにはなったことなくて。」
「あ、これじゃない? 親子で一緒に弁当食ってるの。」
「ああ、そうだ。運動会の時だな、それ。ポン太もいるから。」
「柳瀬、今と全然変わってねえなぁ。」
「この頃から30代のお父さんみたいな顔してるもんな。きっと40になったら若く見えるんだよ、こういうタイプ。」
「想像できる。」和樹は笑いながら、そのアルバムの最後のページを見た。遠足か何かの集合写真で締めくくられていて、小柄な涼矢は最前列に不服そうな顔でしゃがんでいた。「やっぱ、ちょっと会いたいな、柳瀬。みんなにも。」
「連絡する? 柳瀬に言えば適当に人集めてくれるよ。」
「うん。」和樹はアルバムを閉じた。「でも……どのぐらい広まってんだろ。」
「俺らのこと?」
「そう。遊園地行った時のメンツにも、口止めも何もしてないし。一緒に行ったら変な風に注目されるかな。俺はいいけど、涼矢は嫌だろ、そういうの。」
「あの時のメンバーを信用するとすれば、誰にも広まってない、はず。」
「えっ?」
「って、柳瀬の言い分だから、分かんないけど。あのあと、カノンから連絡があったんだって。柳瀬だけじゃなくて、参加メンバー全員に、俺たちのこと言いふらすなって言って回ったみたいだ、カノン。俺たちのためと言うよりは、エミリと俺のことが広まるのが嫌だったんだろうけど。」カノンは水泳部の仲間であり、エミリの親友だ。「そうは言っても全員が全員、誰にも言わないとも思えないけどさ。」
「へえ。」
「正直、バレたって構わないしね。」
和樹は涼矢を見て、ニヤリと笑った。「構わないんだ?」
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