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第418話 brand new day(4)
涼矢は和樹ともつれあうようにしてベッドに転がった。和樹がまた涼矢の背に手を回し、強く抱いた。「なんか、あん時みたい。」
「あん時?」
「東京来る前の。」
「ああ。」
「明るいうちから、こんなの、ここで」
「そうだね。」言いながら、涼矢は和樹の服の中に手を滑り込ませた。元は自分の貸したスウェットだ。
和樹はふと横を見た。涼矢の本棚。漫画と、法律関係の本。そして、高さが合わないせいか、ある棚には大判の本が平積みで数冊納められていた。それには中学と高校の卒業アルバムも含まれている。そう言えば、それだけは自分の部屋にあると涼矢が言っていた。
「卒アル。」見たままを口にする。涼矢が動きを止め、和樹と同じ方向を見る。
「ああ。おまえも持ってんだろ。」
「実家宛てに送ってもらったから、まだ見てない。」高校の卒業アルバムは、卒業式の写真を入れて完成になるため、卒業式当日には受け取れず、後日学校まで取りに行くか、自宅に配送してもらうことになっていた。
「……見たいの?」涼矢は行為を中断されて、多少不機嫌な様子だ。
「家に帰ればあるんだろうけどさ。」
いかにも見たそうにじっと背表紙を見つめる和樹に、涼矢のほうが折れた。和樹から離れて、アルバムを取りに行く。ぞんざいに取りだして和樹に渡そうとした時に、ひらりと何かが落ちた。涼矢はそれを拾う。写真だった。「部活の集合写真。ほら、卒業式の日、後輩とかも一緒に撮ったやつ。」
「ああ、あれか。これって卒アルと一緒に届くんだっけ。」
「いや、これは水泳部で勝手に撮ったやつだから、アルバムより先に郵送で届いたよ。これも実家に帰れば届いてるんじゃない?」
「そっか。」和樹はその写真を凝視した。「なんつう顔してんだ、俺。やけに真面目くさった顔して。みんな、めっちゃ笑顔なのに。」
「俺も笑ってない。」
「おまえはいつも通りだからいいだろ。俺はなんかキャラ違っちゃってる。なんでこんな顔してんだろうな。」和樹は苦笑した。
「それ、本気で聞いてる?」
「へ?」
「なんでおまえがいつもと違うのか、本当に分かってないわけ?」
「え?」
涼矢は右手で顔を覆い、はあ、と大きなため息をついた。それから顔を覆っている手の指の間から和樹を睨んだ。「マジで?」
「え? えっと……卒業式で緊張して……? あっ。」和樹は大声を出す。「そか。そっか。ごめんマジで。悪い。アレか。おまえの、告白……。」
「告白はその前に済ませてる。」
「いや、もちろん、分かってる。覚えてるってば。ちょっと、うっかりしてただけ。あれだよな、俺とつきあってって言って、その返事もらって。その直後だもんな、この写真撮ったの。だろ?」
「だよ。」
「悪い。」
「ホントだよ。俺、別に記念日とかそんなんどうでもいいけど。気にしないけど。いくらなんでも、卒業式当日につきあいはじめたことぐらいはさ。」
「それは覚えてるよ、ただこの写真を撮ったことを忘れてただけ。……それに、その後のことだって覚えてる。」
「あ?」
「卒業式やって、謝恩会やって、その後、ここ来たことはすげえ覚えてる。ていうか、そっちが鮮明過ぎて、この写真のこと、ちょっと薄れてただけ。」
「あっそ。」涼矢はぷいと横を向いた。
卒業式やって、謝恩会やって、その後。
和樹をこの部屋に招き入れた。その時のことなら、涼矢だって鮮明に覚えていた。
――忘れられるはずがないだろ。だって、あれが俺の。初めての。
「あの時は可愛かったのになあ。」和樹は写真を眺めながら言った。
「黙れ。」
「なあ、制服ないの、制服?」
「何言ってんだよ。」
「この時をよりはっきりと思い出そうかと。」和樹は写真をひらひらさせた。
「そんなの、もうないよ。」そう言いながら目が泳ぎ、しかし、一瞬クローゼットに留まったのを、和樹は見逃さなかった。ツカツカとクローゼットに寄り、取っ手に手を掛けた。
「見られてまずいもの、ある? 恥ずかしいアダルトグッズとか金髪マッチョのエロビデオとか。」
「あるわけねえだろ。」
「じゃあ、開けるよ。」
「ちょっ。」涼矢が制止しようと伸ばした手は間に合わず、和樹はクローゼットの扉を開いていた。更に中を見回して、クリーニングのビニールがかかった状態の制服を見つけ出した。
「あったあった。うちは制服リサイクルに出しちゃったみたいで、もうないんだよね。あ、おまえと交換したネクタイは手元に残してあるけど。」
「制服リサイクル? 何それ。」
「着なくなった制服、高校に寄付するの。んで、後輩や転入生に安く売るんだってさ。」
「そんなのあるって知らなかった。」
「PTAでやってるんじゃない? 俺も詳しくは知らない。」
「佐江子さん、そういう活動ほとんどスルーだからなあ。」
「そりゃ仕方ないだろ。……で、せっかくその制服がまだここにあるわけだし。」
「着ないよ? 見りゃ分かるだろ、それ、クリーニングに出してあって。」
「俺だって卒業式の後すぐにクリーニング出して、そしたらおまえの親父さんから高級ディナーなんかに誘われたせいで、もう一回着る羽目になった。」ドレスコードのあるレストランで、そこに着ていけるような服が、制服しかなかったのだ。
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