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第420話 brand new day(6)

「……んっ……は……あ……。」涼矢はそんな風に短い息を吐くだけだった。誰かがその声だけ聞いたとしても、筋トレでもしている程度にしか思われないだろう。和樹は丁寧に舌先で舐め上げると、涼矢をベッドへと誘った。  ベッドに乗ると、向き合って座った。股間を合わせるように足を絡める。「触って、俺のも。」和樹が言った。その一言で、涼矢は最初の接触の日に揺り戻される。初めての時より更に前の、触り合いの時のこと。感情が記憶に引きずられて、その時の自分に戻ってしまう。 「無理。」涼矢は言った。まだ半端に制服を身に着けているのも、あの日のことが思い出されてならない要因だ。 「はあ?」 「やんなら、普通に。いつも通りに。」 「なんだよ、普通のセックスって、いつも馬鹿にするのに。」和樹は笑う。 「これもやだ。脱ぐ。」涼矢は、はだけてはいるがまだ袖は通っているワイシャツを脱ごうとした。 「だめ、着てて。どうしたんだよ。急に不機嫌になって。」  涼矢は返事をせずに、和樹の両肩をつかみ、押し倒そうとした。 「お、何だよ。」和樹はその手をつかんで、抵抗する。涼矢は自分のしたことに自分で少し驚いて、手を引っ込めた。今度は和樹が自分から涼矢に抱きついた。「ねえ、涼?」 「何。」 「挿れたい気分。」  和樹にそう言われて、そんな風に言われる予感がしていたことに気付く涼矢だった。自分が初めての時のことを思い出していたのだから、和樹だって同じようなことを考えていても不思議じゃなかった。そもそも、あの日のことを思い出すために制服を着ろと言ったのは和樹だった。  別段、挿入されることが嫌なわけではない。現に今までだって何度も受け入れてきたし、相応の快感だってある。問題はそういう身体側のことではなくて、気持ちのほうだ。初めて和樹に触れられた時の感情があまりに生々しく思い出されて、苦しくてならない。もちろん不愉快な記憶ではない。幸せな記憶でしかない。けれど、最初で最後のことかもしれないと思い詰めてもいた、和樹にとっては好奇心に過ぎないに違いないと自分の感情に予防線を張ってもいた、それでも好きな人と体を重ねられることの喜びが大きくて、大きすぎて、処理しきれなくて、苦しかった。そんな感情までもが溢れて止まらないのだ。 「そんなに嫌なら、しないけど。」なかなか返事をしない涼矢に、和樹が心配そうに言った。 「やじゃない、よ。」涼矢は和樹を抱き返した。「いいよ。」 「なんだよ、嫌なら嫌ってちゃんと言えよ?」 「いいってば。」涼矢は和樹を抱く力を強めた。「でも、慣らすまで待って。」涼矢は和樹から手を離して、腰を浮かした。指を後ろに持って行くが、そこで動きを止めた。「……あっち、向いて。」 「いいだろ、別に。今更。」 「やだ。」 「見せてよ。」 「それはやだ。」 「俺にはさせたじゃんか。」 「でも俺はやだ。」 「そんなら、俺がやってやるよ。横になんな。」 「え。」濁点がつきそうな声を出して、涼矢は一瞬眉根を寄せる。 「俺の言うことはなんでもやってくれんだろ? ほら、さっさと。」  涼矢は横たわり、和樹に背を向ける。和樹は涼矢のズボンを下着ごと引きずりおろして、ベッド下に放り投げた。ローションを手に垂らし、涼矢のそこに指を当てる。「緊張すんなよ。力抜いて。」  和樹に背を向けるのがこんなに怖いだなんて、久しく忘れていた。和樹の前だからと言って、必要以上に取り繕ったり、緊張したりすることなど、日常ではもうなくなっていた。それでも、こんな場面で無防備な自分を曝け出すのは、思っていた以上に不安で心許ない気持ちに襲われるものだと思い知る。 「あっ。」和樹の指が自分の中に入り込んでくる。ワイシャツはまだ辛うじて着ている。その裾を無意識につかんだ。 「息、吐いて。リラックスしてよ。」 「無理。」 「あん時みたいだな。初めての。」 「だから嫌だって。」涼矢は呟いた。 「やっぱ挿れられんの、嫌?」和樹の指が止まる。 「嫌じゃないってば。」 「何なの、さっきから。」和樹の動きが再開する。「嫌なことはちゃんと言えって。俺、気持ちよくしようとしてんだからさ。」  だから、そんな風に優しくされるのが嫌なのだ、と。言いたいけれど、言えない涼矢だった。慣れない涼矢を気遣う言葉と指の動き。それも初めての時を思い出させる。ただ、初めての時とは決定的に違うことがある。  俺はもう、知ってる。俺の中に入り込んだ和樹がどんなに熱いか。俺のそこをこじ開けてくるものがどれほどの快感をもたらしてくれるのか。俺の中をこすりあげながら、和樹がどんな風に喘ぐのか。俺の体がどれほど和樹を満たし、悦ばせてやれるのか。和樹が俺の中で果てる時、どれほど幸せな気持ちになるか。 「あっ……は……んんっ……。」和樹の指が奥にまで届くようになる。その指の本数が増えて、開かれていく。「あんっ。」前立腺に圧をかけられればそんな声も出る。 「可愛くなってきた。」和樹がそんなことを耳元で囁いた。耳が熱くなる。可愛いだなんて言うなと言ってやりたいが、とろとろになった時の和樹を思い出すと、そう言わずにいられないのは知っている。今、自分は、あんな顔をしているのだろうか。

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