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第422話 brand new day(8)

 昼食はほぼ前夜の残り物のリメイクで、だが、それもまた和樹はがっかりどころか喜びに感じた。初めて涼矢の家に来た時には来客用の美麗なカップ&ソーサーで供されていたコーヒーが、いつしかカジュアルなマグカップになった時のように。  そんな昼食を済ませたら、いよいよ和樹の実家への帰還だった。当然のように涼矢が車で送る。どっちみち近いうちには柳瀬たちと会う時に、もしそれが年明けに持ち越しになったとしても大晦日の夜には会える。それが分かっていたから、お互い大した感傷はない。 「上がっていったら?」家の前で車を停めた涼矢に、和樹は言う。 「いや、いいよ。親子水入らずの再会の邪魔をする気はない。」 「そんな大層なもんじゃねえよ。」笑いながら和樹は車を降りる。「ありがとな、じゃ、また。」 「ああ。」軽く手を振って、2人は別れた。  涼矢は帰宅するとすぐに柳瀬に連絡を取り、和樹が帰省していることと、クラスの仲間に会いたがっていることを伝えた。早速柳瀬が動き出して、その日の夜にはとりまとめてくれた。決まった日にちは30日で、今回は他のクラスにも声を掛けたようだが、最終的に何人集まるのかは知らない。どうせファミレスかカラオケぐらいしか行くところもないから、あまりシビアな約束はせず、その時間に集まったメンバーで適当にやろう、といったルーズな決め方だった。 [で、まだ仲良くつきあってんの]  柳瀬から涼矢へ、グループのメッセージとは別に個別にメッセージが来た。 [うん] [へえ]  どんな返事を期待されているのかは知らないが、柳瀬に気を使うつもりもないので、そのまま放置していると、数分経ってから[よかったな]という続きが来た。その間の空き具合に違和感を覚えて、初めて涼矢は普段の柳瀬はレスポンスが速いことに気付いた。  あいつのほうは、俺にどう声かけていいのか、あいつなりに悩んでるのかな。そんな風に柳瀬の心情を慮ったのは初めてに近いことだった。自分にそんな自覚はないが、柳瀬に対する当たりが強い、とは和樹からも時々指摘される。なるほど、思っている以上にあいつは俺に気を使っていて、俺は気にしなさすぎだったかもしれない。だが、長年の力関係がそうなってしまっているから、今更それが変わることもないだろう。涼矢は結局いつも通りに、柳瀬に優しい返答をするでもなく、放置した。  それより数時間遡って、上京して以来初めて、和樹は実家に帰った。 「ただいま。」昨日もそうして帰宅したかのような軽さで、和樹は玄関のドアを開けた。 「おかえり。」母親の恵はエプロンで手を拭きながら玄関先まで出てきた。「荷物、それだけ?」 「うん。だって着替えとか、部屋に少しはあるだろ。」 「あるけど、問題は部屋に入れるかどうかね。物置にしちゃってるから。」 「なんだって?」和樹は笑って自室に目をやる。 「お陰でこっちは広々と使えるようになったわ。散らかす人も減ったしね。掃除が楽になっちゃった。」  恵に続いてダイニングキッチンに入ると、確かに以前よりすっきりしている。和樹はバッグを片隅に置くと、自分の部屋を覗いてみた。恵はあんな風に言っていたが、そこまでぎゅうぎゅうに詰め込まれてはいない。それだけ確認すると今度は洗面所に行き、最近はもうすっかり習慣となった、手洗いとうがいをした。 「風邪でもひいてるの。」 「逆。塾の生徒にうつしたらダメだから。」和樹はまたダイニングキッチンに戻り、椅子に腰かけた。 「アルバイトね。塾って、和樹が先生なの?」 「そうだけど。」 「あなたがねえ。」 「なんだよ、その顔。」 「宏樹の影響?」 「時間給で決まったテキスト教えるだけだから。兄貴とは違うよ。」 「でも先生でしょう。すごいじゃない。」 「すごくないって。母さんだって小学生の漢字ぐらい、教えられるでしょ。」和樹は立ち上がり、ヤカンを火にかけた。言いながら、佐江子が「先生と聞いてすごいと言っている人は、教える技術のことだけを言っていて、生活指導や部活の顧問といった仕事は念頭にない」と言っていたことを思い出した。今の恵は、まさにその典型だ。 「お茶飲むの? やるわよ、座ってなさいよ。」 「いいよ、これぐらい。これ、買ってきたから母さんも飲まない?」和樹はさっき部屋に置いたボストンバッグから、更にスーパーの袋を出した。コーヒーのドリップバッグが入っている。涼矢や例の喫茶店のコーヒーを知ってしまった今、恵の淹れるインスタントコーヒーはあまり飲みたくなかった。親孝行の振りをして、美味しいコーヒーを飲もうという作戦で、さっき涼矢に車で送ってもらう途中で買ってきたのだった。 「じゃあ。」と言って恵も結局立ち上がり、冷蔵庫から何やら出してきた。「お歳暮でいただいたのよ。和樹が帰ってきたら一緒に食べようと思って。」チョコレートの詰め合わせだった。「マドレーヌやクッキーもあったんだけど、それは私がこっそり食べちゃった。」恵は照れ笑いをした。「だってお父さんも宏樹も帰りが遅いんだもの。」と言い訳を付け加えるのも忘れない。

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